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なよ竹のかぐや姫


 翌日の夜も、エウラドーラは、狭い自室の窓際にいた。窓は開けてある。ビアンカは、明日来る、とは言っていなかった。しかし、エウラドーラは待っていた。待ち遠しかったからだ。
 そして、堕天使はやって来た。挨拶をしようとエウラドーラが口を開くより前に、翼がゆらりと揺れた。
「セイリア」
 紡がれるは、全てを呼び覚ます旋律。エウラドーラは眩暈がした。
 セイリア、と呼ぶ声は、ただ一つだ。心地良い高さの女性の声。それと同時に流れ込んでくる記憶は、凄まじい物だった。
 エウラドーラ、否、リーファ・シャーナ・シュライゼは、全てを思い出した。
「それ、どこで聞いた?」
 ビアンカは知らないはずだ。まさか、シュウがリーファを探しているはずが無いのだから、彼が全てを話したということだろうか。リーファは、尋ねた。
「シュウが、そう呼べと」
 ビアンカは、目を見開いていた。
「ありがとう、ビアンカ」
 リーファは笑った。ビアンカは、セイリアが何を指すのかは、分かっていないらしい。
「綺麗な黒だったのにね」
 どこまでも純粋な黒だった翼は、赤黒く染まっている。夜闇でも輝きを失わない、天使特有の鮮やかな亜麻色の髪も、今は暗い。
「リーファ、心配したのですよ。どうして、こんな屋敷に……」
 ビアンカの鳶色の目が、輝いた。
「それは、分からない。大聖堂で、階段から落とされてから、記憶が無いんだよね」
 リーファがそう言うと、ビアンカは溜息を吐いた。
「あの人は、あなたをずっと探していました。一年間、ずっと、生きているかも分からないのに……女遊びって言ったのも嘘ですよ。あの人は、夜、ずっとあなたを探していました」
 あの人とは、シュウのことである。
 何故探していたのだろう。リーファには、不思議に思えて仕方が無かった。シュウは明らかに怒っていたし、自分に憎悪を向けていた。
 自分を殺すために探していたのだろうか、とリーファは思ったが、シュウがリーファを殺す機会はあったはずだ。シュウは、一体何を求めていたのか。それは、王宮から続く、リーファの疑問だった。
「リーファ、あの人と何があったのですか?」
「色々とね」
 シュウは何も話していなかったらしい。怪訝そうに顔を顰めるビアンカに、リーファは何も答えず、逆に尋ねた。
「シュウは、何か言ってた?」
「俺は裏切り者には容赦しねぇ、だそうです。どうします? 焼いておきますか? 凍らせておきますか?」
 シュウにも記憶が無いのだろうか。リーファはそれを疑った。彼も記憶を操作されているのだろうか。しかし、そうなれば、益々リーファを探す理由が分からなくなる。魔術師など、替えは幾らでもあるだろう。
「何もしなくて良い」
 リーファは、そうとしか答えられない。一瞬、えっ、と小さく驚きの声を上げたビアンカをリーファは見た。そして、重要なことを思い出した。
「それで、ミュウとはどうなったの」
 僅かに揺れていたビアンカの翼が、ピタリと止まった。それと同じように、月光のあたり具合で揺れていた双眸に宿る光も綺麗に静止する。
 若いにしても、分かりやすい。リーファは、一生懸命笑いを押し殺した。
「何であの馬鹿ドラゴンが出てくるんですかっ」
 何だ、一年も経ったのに進展していないんだ、とリーファは残念に思った。そして、その心は、動きに出ていた。
「今、舌打ちしましたねっ」
 柄に無く声を荒らげるビアンカを、リーファは軽く笑って流した。


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