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なよ竹のかぐや姫


 エウラドーラは、下級貴族の四女だった。そんな彼女は、一年程前、ローリアの屋敷のメイドになった。
 下級貴族故に、エウラドーラの家は困窮していた。一人娘が奉公に出なければならぬ程に、毎日の生活に困っていたのだ。
 エウラドーラは、自分の小さな部屋から、月を見ていた。満月まで、あと数日であろう月である。
 エウラドーラがこの屋敷に来てから一年が経っていた。エウラドーラは溜息を吐いた。何故か、屋敷に来てから、ずっと憂鬱な気分が続いているのだ。それは、焦燥感に似ていた。
 もう、深まった夜の中、誰も起きていないだろう。エウラドーラも、明日の仕事のために寝よう、と思った矢先だった。
 大きな翼が空を覆った。
 元は美しい黒だったののだろう。しかし、その翼は、赤黒くなっていた。ただ、その目は優しい鳶色をしていた。そのため、エウラドーラは、悪い者ではないことをすぐに悟った。
 現れた者は、美しい堕天使。
「リーファ、漸く見つけました」
 堕天使は、開いた窓から入ってくると、エウラドーラに近づいてきた。エウラドーラは、怯えはしなかったが、驚いた。当然のことだが、エウラドーラには、堕天使の知り合いはいない。
「何しているんですか。大変だったんですよ。シュウの女遊びは日に日に酷くなるし、あの馬鹿ドラゴンは泣き続けるし、何度あの二匹を闇に葬り去ろうと思ったことか」
 エウラドーラは困惑した。一体何だか分からないが、とりあえず、何となく、シュウという人間は碌でもない奴だと思った。
「どなたでしょう?」
 エウラドーラは、尋ねた。すると、その堕天使は、目を丸くした。
「記憶がないんですか? あなた……」
 そんなことはありません、と言おうとしたが、それより先に、堕天使は言った。
「あなたは、リーファ・シャーナ・シュライゼ。私はビアンカと言いますが、ミューシアやシュウの名に聞き覚えは?」
 碌でもない人間と、あともう一人は、リーファがいなくて泣いていた人だろう。エウラドーラには、心当たりが無かった。
「私は、エウラドーラと言います。おそらく、人違いかと」
 泣いている人がいるのに、人違いの自分なんかに構っているのは、時間の無駄だ、とエウラドーラは思っていた。
「そうですか。それは、申し訳ございません」
 堕天使は、あまり申し訳無さそうな表情をしていなかった。そのため、エウラドーラは自分の言ったことが、全く信用されていないことをすぐに悟った。
 この堕天使は、未だにエウラドーラのことを、リーファだと思っているらしい。
「また、来ても良いですか?」
 そう言って、ビアンカは綺麗に微笑んだ。背後には、僅かに掛けた月がかかっていた。
「良いですよ」
 エウラドーラは、そう答えた。
 月の所為だろうか。その堕天使は光って見えた。


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