時計の針が十二を指す。すぐに消灯の見回りが来るだろう、と鶫は手元の明かりを絞った。
 同室の薊はとうに寝台へと潜り込んでいて、しばらくは物音もしていない。所属上、どうしても不規則な生活が多くなる為か、同じ部の者たちは大体が非常に寝付きが良いか、浅い眠りしか取れないかのどちらかに分かれていた。薊は前者で、鶫は後者だ。
 特に、このところ鶫は少々焦っていた。それが不眠にも繋がっていたものの、幸いにも体は丈夫であったから、今のところ何かに支障を来すということはなかったのだが。

 今の学徒たちが物心ついた時には、既に随分と前から争いは続いていた。外からのものを取り入れて新しい国を目指したいものと、内にあるものを守りこれまでの国を続けたいもの。話は平行線を辿り、直に争いとなった。
 鶫には、その争いが「終わらせるための」ものではなく、「争いのための」ものであるように感じていた。前線に出されるのは、鶫や薊のような学徒たちだ。時には消耗品のように扱われている子供たちに殆どを任せて、大人たちは暖かな寝床で悠々と安寧を貪っている。
 学校とは名ばかりの子供たちが集められた施設で、幼いころより「お国の為」と争うことを植えつけられる。それは最早当たり前のことであったし、鶫にとってはそれが良いのか悪いのかというよりは、近しい人と共に居られるということが重要であった。

「まだ寝ないの、」
 寝ていると思っていた薊が起き上がり、声を発する。鶫は弾かれたように振り返り、一拍して取り繕うような笑みを見せた。
「もう寝ます」
 丁度そこで、遠慮がちな断りの声と共に扉が開かれる。顔を覗かせた少年は、確か一つ下の救護班の子だったかと、薊は記憶を辿る。
「僕もこっちの大きいのも、もう寝るから大丈夫だよ」
 お願いします、と扉を閉めようとした少年を薊が「ちょっと」と呼び止める。
「この間、君の同室の子怪我してたでしょ。調子はどう、」
「とりあえず起き上がれるようには。普段通りに動いて回るには、もう少しかかりそうです」
「そう。お大事に、と伝えておいて」
「ありがとうございます。必ずお伝えします。それでは、おやすみなさい」
 頭を深々と下げた少年にそれぞれ就寝のあいさつを返し、しばらく部屋に静寂が戻る。薊は目が覚めてしまったらしく、少年へ向けた言葉とは裏腹に書棚から本を取り出し、眺めていた。
「アナタ、よく色んな人のことを覚えていますよね」
 ほとんど独り言の大きさで呟かれた鶫の言葉は、しかし静かな部屋には案外響いた。
「まぁ、僕は内を視る側だからね。他の人よりは色々と目を向けているつもりではいるけど」
 勿論君にも。そう言って薊はかすかに笑みを乗せた。
 薊の見た目だけで考えるのならば、彼はあまり他人には気を配らなそうに見える。ただ、女生徒の制服であったり、黒く塗られた爪、持ち物の派手さは否が応でも人目を引く。他人の目が集まるということは、その分自身も相手を見ることが増えるということなのだろうか、薊はよく細かいことに気が付いた。
「君は、案外人を覚えないよね」
「……得意ではないですね」
 薊に指摘された通り、寧ろ鶫は他人を覚えるのが苦手だった。よく話す人であれば覚えられるのだが、違う所属、違う学年となってくると途端に顔と名前が曖昧になる。
「上の人の顔くらいは覚えられたら良いんですが。コツとかあるんですか、」
「あんまり考えたことないけど。あぁ、顔で思い出したけど、」
 開いていた本を閉じて、薊が立ち上がる。そのまま、鶫の方へ歩み寄り、どこか含みのある表情で問う。
「こないだの、赤軍への諜報どうだったの」
 鶇は瞬きを一つ置いて、しばらく思案するように斜め下を見る。そして訥々と、思考をそのまま辿るようにこぼし始めた。
「あまり、長くは居なかったので。雰囲気自体はそんなにこちらとも違いは。我の強い人は多いように感じましたが。……ただ、」
「ただ、何」
 途切れた言葉を掬うように薊が促すと、鶇は少し怯んだような顔をして黙り込んでしまった。それに薊が大きな溜め息をついて、苦さの混じった笑みを浮かべる。
「良いけど。同室の子を処分なんてこと、僕にさせないでね」
「そんなんじゃないです」
「今日はもう寝よ。電気消すよ」
 薊はそのまま鶇の返事を待たずに明かりを消し、すぐに自身の寝台に潜り込む。しばらく鶇は薊の方を眺めていたが、じきに諦めたように寝台へと足を向けた。





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