夢みたいな夏の日が終わった。誰かが消えて、誰かと代わった。
 はまらないピースを無理やりねじ込んだパズルは、それでも完成品として額に入れられる。

 *

「腹減ったっすね」
 山積みにされた課題を前に突っ伏す後輩。これまでは「そういう後輩」ではなかったのだが、これからは「そういう後輩」になる。なってしまった。
 優しい子だと思う。優しすぎる子だとも思う。優しすぎるから、それに見合うだけの強さを持ってしまっていたから、向き合ってしまったのだと。それが良いことなのか、悪いことなのか、他人が判断することではないけれど。
「一旦昼でも行くかー」
 放り投げていた鞄から、携帯と財布だけ取り出して立ち上がる。ドアを開けた拍子に吹き込んだ風で、後輩の髪がふわりとなびいた。
 肌に直接刻まれたその日付も、いつかは意味の分からないものになるのだろう。だからと言って意味のないものになるわけではない。忘れても、消えるものではない。

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 繰り返し見ていた夢があった。繰り返し見ていた「夢」だと思っていた。
 顔は見えない。声も分からない。歳も、背格好も、性別すら目覚めれば曖昧に滲んで消えている。それはただ一つだけ、言葉を繰り返す。忘れてしまったの。それは責めているのか、あるいは安堵しているのか。
 忘れていたことを忘れていた、という事実は、自分を冷え切った汚泥を胃に流し込まれたような気分にさせた。更に不愉快なことに、その汚泥が何だったかまでは思い出すことを許されない。ただ、「忘れている」というその一点だけが、重くのしかかる。
 忘却は知を持った生き物の特権であり、罪だ。いつかはその重みに押しつぶされる。
「珍しく難しい顔をしているな」
 掛けられた声に、自分がぼんやりとしていたことに気付いた。ばちりと合った目の中に気遣わしげな色を見つけて、何となく居心地が悪くなる。
「いーや、今日の晩飯をモスにするかケンタにするか迷ってましてー」
「……たまには自炊したらどうだ」
「台所爆発させたくはないんで!先生が奢ってくれるなら、喜んでご相伴に与りますけど?」
「どうしてそうなる。大体お前の先生でもないしな」
 上手いとは言えないごまかしの言葉、それでも乗ってくれる相手の優しさに、敵わないな、と内心苦笑する。
「まあ、無理はするなよ」
 付け加えられた気遣いに、ひらひらと手を振って返す。
 見た目よりもずっと優しい彼は、きっとこちらが一言吐いてしまえば。だからこそ、彼に頼ることはしたくない。彼は後輩の師であって、自分の師ではない。
 どうあがいても、なる様になるし、なる様にしかならない。
 どうしようもないことを考えたところで意味はないのだから。

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テーマ「人外ファンタジー」
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