藍醒はその他の村正と較べれば、「極々普通」といって差し支えの無い刀だ。
 深藍の空をも醒めさせる揺らぎの無い紋だからだとか何とか、名の由来の様なものが一応にはあるにしても、飛び抜けて優れた持ち主が居たわけでもない。ただ、運良くこの時代まで名が残っていただけのこと。
 残った名ですらあざめなのかあいざめなのか、書物によっては曖昧なものだったから、寧ろ村正の刀だと考えれば随分と粗末なものだ。
 「自己」としてのぼんやりとした意識はいつの間にかあって、段々と周りの音を「言葉」として認識していって、そうした時に名を呼ばれた。あざめ、と。名を縛られた。

「おい、ぼんやりするでない」
 腰の辺りを叩かれて、自身より幾分丈の低い相手を睨目付ける。
「いつもの資材調達だ。注意するようなこともない」
「可愛くなくなったなぁ」
 わざとらしく溜息をついてみせる叢雲をはたこうと手を伸ばしたが、ひょいと避けられた。
「俺が可愛かったことなどないだろう」
「いやいや。昔はもう少し……ああ、うん。まぁ、そうだな」
「何だ。気持ち悪い」
 歯切れの悪い物言いをする叢雲に首を傾げる。煙をまくような、というか、名の如く雲のように掴みどころのない相手ではあるが、言いかけたことを止めたり言いよどんだりするのは珍しい。
「りんらん辺りと混ざったか。もうずいぶん永く生きたからなぁ。さて、資材はあの辺りだったか」
 けらけらと笑いながら駆け出した叢雲に、問おうとした言葉を飲み込む。誤魔化されてしまったような気もするが、詮無いことだ。

 資材調達の結果は上々だった。途中の会敵も、顕現してまだ間もない童でも手こずることなく、手始めの戦としては良いものだったのではないかと思う。童たちと混ざって無駄に駆け回る叢雲の扱いには少々頭が痛くなったが。
 軽く身を清めて、まとめた報告書を手に主の部屋へ向かう。形式上戸は叩くものの、いつもの通り返事を待たずにそのまま中へ入った。
「子守り、お疲れ様ぁ」
 開口一番、へらへらと笑う主に思わず脱力する。
「……そんな気はしておりましたが」
「うんうん、お前は察しが良い。それにしても、毎度ここまで細かく書かんでも良いのに」
 渡した報告書を適当そうに捲りながら、うへぇと主がうなる。
「上に出すものですから。事細かに書くに越したことはないと思いますが、次からはもう少し簡潔にいたします」
「お前の真面目さは美徳であり欠点だよねぇ」
「左様でございますか。ところで、辺りに散らばっている紙類は片付けても宜しいので?」
 部屋に入った時から気になってはいたが、ついに我慢できず問う。主が書き散らしたものであろうそれらは、部屋の床を覆い尽くさんばかりで、正直言って落ち着かない。承諾の声に立ち上がり、手近なところから拾い始める。
「中身は見るなよ?」
「承知いたしました」
 見るなよと言われたところで、かなり癖のある主の字は、そうぱっと解読できるものでもない。そのまま黙々と拾い集めて、結局山が三つ出来た。
「要不要の選別はご自身でなさってくださいませ」
「いやぁ、助かった。もう下がっていいよ、あざめ」
「……それでは、失礼いたします」

 主の部屋を去る間際に主に名を呼ばれて、日中飲み込んだ問いが再び頭によぎった。問うたところで意味はないし、知ったところで変えようもないことだが。少なくとも今の自分には関係のないことだ。
「報告ご苦労さん」
 自室に戻ると、だらりと寝そべった叢雲に出迎えられた。
「たまには貴様が報告に行ったらどうだ」
「書き物は得意な奴に任せるのが一番だよ」
 お前とか。と指を指されて眉間に皺が寄る。別に事務ごとは嫌いではないのだが、こうもはっきりと言われると腹立たしくもなる。
「そういえば、また近々新しいやつを迎えに行くらしいぞ」
「そうか」
「村正以外だから、よう知らんがな」
 言葉の端々で、叢雲はどうやら「人」と「刀」ではなく「村正」と「それ以外」で考えている節があるのだろうと思う。自分が村正だったのは、良い事だったのか悪い事だったのか。
「新しいやつがきても虐めるなよ」
「おまえこそ、その怖い顔で威圧せんようになぁ」
 眉間を指で弾かれて、反撃にと髪を掴んでやろうかと思ったが、やはりするりと避けられる。機動はこちらが上の筈だが、一体どうなっているのか。
 新しい者が来るのであれば、色々と支度をしておかないといけないことも多い。再び寝ころんだ叢雲を端に追いやって、必要な物事を書き留めておこうと筆を取った。




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