(前置き:本当に恋人でもなんでもない)





「センパーイ!今回無傷で帰って来たらセンパイの一日をください!」
 はじまりはいつも通りの悪ふざけみたいなものだったのだ。
いつも大なり小なり怪我はするから、どうせ今回だってそうだろうと。相手もそう思って頷いたのだろうし、こっちだって別に本当にやってもらうつもりなんてなかったのだ。

 が。どうしてかこういう時に限って、怪我もせずそれどころか成果すら上げて戻って来てしまった訳で。
 いや普通に組織としては喜ばしいことこの上ないのだろうけれど、今回ばかりはピンピンした自分の姿を見て、センパイの顔が苦虫を盛大に噛み潰したようなそれになっていれば、なんというかまったく喜べない。むしろやばいなぁ死ぬかなぁみたいな気持ち。
「逢引の服は選んでやろう」
 ぽんと肩を叩かれて、振り返ればにやにや顔の従姉。こういう人が困ることに対しての表情は流石に血の繋がりを感じます。でももうちょっと従弟のボクに対して優しくなってほしい。優しいトラ姉とか怖過ぎるけど。

「……で、何がしてェんだ」
「あはは……どうしましょうかねぇ」
 次の休みに、律儀なセンパイはきっちり『お出掛けのお誘い』をしてきてくれた。もう誰も喜ばないし苦しみしか呼ばないしやめませんか?って言いたいけど言えない。まったく笑ってないセンパイの目をまともに見られない。
 いつの間にかじわじわと周りにこのことは広まっていたようで、しかも何だか尾ひれのついた形で広まっているようで、ついさっきなんて後輩かっこ女子かっことじるから「恋人と行きたい行楽特集」なるものが組まれた雑誌を笑顔で渡された。先輩をなんだと思っているのだねキミは。ボクが言えることじゃないけど。
「とりあえずここから行きたい場所を選びましょう」
 その雑誌をセンパイに広げて見せると露骨に嫌な顔をされた。ホント申し訳なく思ってます。ホントです。
「……あ、これ」
「何だ、ここに行きたいのか」
 ぱらぱらとめくっていく中で、目に留まったそれに思わず声を出すと、横から覗いていたセンパイがそれを指差す。
「あーえっと、いえ、」
「オラさっさと準備しろ。行くぞ」
「えぇえ……」
 こちらの返事を待たずして身支度を始めたセンパイに慌ててついて行く。待ってここ絶対野郎二人で行く所じゃない。やばい。
 もたもたしていると、腕を掴まれてぐいぐい進まれた。図らずともお手て繋いだ状態ですね、すごくしょっぱいですね。
夜には帰ってくるんだぞーと別の先輩の暢気な声に見送られて、なんというか気分は売られていく子牛です。

「おお……」
「でけェ」
 目の前に広がる青色。色とりどりの魚がひらひらと泳いで、華やかな雰囲気に圧倒される。
「海の底に立ってるみたいですね……」
 照明の光が水面でゆらりと揺れて、キラキラ光を辺りに散らす。非現実的な空間に、男子高校生二人。あ、なんだか一気に現実に引き戻されました。
 水族館。実は一度も行ったことがなかったのだ。というか、海すら殆ど行ったことがない。写真でしか見たことない魚や何やらかんやらが、実際に硝子張りのすぐ向こうにある。時間さえ許せばいくらだってここに佇んでいられそうな。
「……楽しそうで良かった」
 ぽつりと呟かれた言葉にセンパイを見ると、珍しく柔らかな顔をしていた。いつも怒らせてばかりいるから、なんというか新鮮。
「ありがとうございます。センパイ愛してます」
「こういう所で言われたら洒落になんねェからやめろ」
 わりと真剣に言ったのに、すぐにしかめ面になる。でも、よく見ればしぼられた照明の中で分かりにくいけれど、少し顔が赤いような。
「また来たいです。センパイと」
 馬鹿か、と乱暴に頭を小突かれて、なんだか不意に笑いたいような、ちょっとだけ泣きたいような、不思議な気持ちになった。




二ツ木カイナさん(http://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=53130925&mode=medium)




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