一言。相手が最期の息に乗せて向けられた言葉。常ならば気にすることもないであろうそれが、どうしてか耳に引っかかった。
 じとりとまとわりつくような感覚を伴ったそれは、自室に戻り湯を浴びたところで消えることも無く。
「誰だって、仕方の無いことなのに」
 振り払うように敢えて口に出した言葉は、どこか言い訳じみた響きをもっていて。


「おはようさん」
 朝の食堂で後ろから肩を叩かれる。振り返らずとも分かる、聞き馴染んだ従姉の声。
「おはようございます」
「やけに今日は小食だねえ」
 盆に載せた椀を覗き込まれ、どうしたのだと問われる。
「いやぁ、ちょっと夜食を食べ過ぎまして」
「そうかい。ああ、ちょっと夕方にでも空いたら部屋においで」
 へらりと笑って誤摩化したところで、この従姉を欺ける訳もないのだが、どうも言い訳や嘘はもう癖になっているようで。
 ふと思い付いたような彼女に分かりましたと答えて、咀嚼した食物は味がしない。


「お邪魔しますよー」
 ノックを二回、開いた扉の向こう側は相変わらずおよそ女子らしくない部屋。いつかに見た女の後輩の部屋はもう少し色であったり、装飾があったように思う。しかし、そういったきらきらとした部屋よりも、この方が従姉には合っている。そう言うと怒られそうではあるが。
 部屋の主はくつろいだ様子で腰掛けていた。少し離れた所に座ると、「もっと近くに来い」と手招き。ああもしかして、新しい薬でも試すのかと近寄ると、ぐいと両手で頬を挟まれた。
「ひどい顔だよ」
「やだ、従弟の顔の作りにとやかく言わないでください、これが精一杯です」
「そういうことじゃない、阿呆」
 巫山戯てみようとしたところで、向き合ったその顔の、目が笑っていないことに怯む。
「昨日戻って来てから、ずうっと上手く笑えていないじゃないか、みい」
 何があったと促され、ぽつりと言葉がこぼれる。
「……人殺しと、言われました。それだけです」
「『それだけ』じゃあないだろう」
「それだけ、ですよ。別に今までも何度も言われて来たことです」
「じゃあ何で」
 それが自分でも分からないのだと、問うてくる彼女にじりとした感情が湧く。それを隠すように俯いた。目をつむりふと思い出した昨晩の顔、その目が同じ色だったのだと気付く。
 そんなことで、まだ揺らぐのかと。
「みい、」
呼ばれて顔を上げると、ふわりと頭を抱き寄せられた。常の戯れでされるような強引なものではなく、優しく労るようなそれは振り払うことも出来ない。
「お前は悪くない。大丈夫。大丈夫だよ」
 幼子に言うような声音、視界がふいに歪む。ぱたりと落ちた雫に、年甲斐もないと慌てて拭ったところで次々に溢れて。
「……誰にもいわないでください」
「愛しい従弟のこんな可愛い姿、誰に言うもんかい」
 ぐずぐずと鼻をすすりながら言うと、からりと笑い声が返ってくる。ああもうこの人にはどうやったって敵わないのだと、少し軽くなった胸の内で思った。




title:君に恋したあの日から。(http://shindanmaker.com/287899)より
葉矢見虎市さん(http://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=53130925&mode=medium)




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