『ゼロ』と呼ばれることに随分と慣れてしまった(あるいは「諦めがついてしまった」)と思う。 とは言え、身近な人達には既に「今のゼロが誰なのか」というのは暗黙の了解ではあるので、ある意味正しくそれは記号としての呼称ではあるのだが。 「ゼロ、これはお願いになるのですが」 現在の主君である少女が、いたずらを企む子供の顔で微笑む。それは、どこか彼女の兄を連想するような表情で、少しだけ嫌な予感がした。 「しばらく、日本国内の視察に行っていただけないでしょうか」 「視察、ですか」 「ええ。でも、視察というよりも……そうですね、軽い旅行のような気持ちで大丈夫です。同行者については、こちらの資料に合流ポイントが記載されているので。それと、今回はあくまで秘密のお仕事になるので、『ゼロ』ではない格好で過ごしていただくことになります」 「期間は……1ヶ月、ですか」 しばらくといってもさすがに長すぎるのではないか、と少女に問うと、「その間の『ゼロ』は咲世子さんも代わりにやっていただくので大丈夫ですよ」とにこにこと返される。 お願い、という割に周到に用意されている資料を受け取りながら、なるほど拒否権はないのであろう、ということを察する。どちらにせよ、元々「断る」という選択肢は自分の中にないものではあるのだが。 「それでは、よろしくお願いしますね」 「……イエス、ユアマジェスティ」 ************** はたして、「同行者」との合流ポイントには予想通りの人物が佇んでいた。 「遅いぞ」 「……ああ、だから咲世子さん『も』だったのか」 確かに彼であれば、誰よりも「ゼロ」をこなすことが出来るだろう。……自分よりも余程、完璧に。 納得はしたものの、腑に落ちないところしかない。なぜ、そこまでして日本を視察しなければならないのか。つい先日確認した情報上では特段変わったことがないように思ったのだが、自分が何か見落としてしまっていたのか。 「っ痛!」 「おい、またくだらないことでも考えているのか」 「いきなり何するんだ!」 「思いっきりシワがよっていたからな」 ここに、と強めにはじかれた眉間をそのままトントンとつつかれる。 「お前たちは考えすぎなんだよ、いつも」 ************** 「もしかして君たち、宿をとるときに二人同じ部屋にしてたり」 「まぁ、宿代が高いところに泊まらざるを得ない時は幾分か節約になるしな」 あいつもその方が効率的だと言っていたぞ、とのたまう彼女に何を言っても無駄だと頭を抱える。自分の知る範囲でのこの二人なら、いわゆる『過ち』なんてことは起こらないとはわかっているものの。 「……僕は君と同室だなんて嫌だからね」 「器の小さい男だな」 「いや、君たちじゃないんだし」 普通は付き合ってもいない年若い男女が、しかも二人きりで同じ空間で寝泊まりするなんてあり得ない、と続けようとしたところで、自分たちがその『普通』から随分外れたところにいるんだよな、と思考がずれる。 「そんなに嫌ならあの男……シュナイゼルだったか、に頼めばいいだろう?あいつは『ゼロ』の言うことなら何でも聞くのだから」 「いや、そういう、使い方はちょっと」 確かにシュナイゼルに頼めば部屋の一つや二つ、軽く確保できるのだろうが。 そんなことの為にかけたギアスではないし、何よりこの程度のことで彼を使った日には、後に彼の側近からいったい何を言われるものか分かったものではない。 そう、「この程度のこと」だ。これは。 *************** 暖かな陽気とはいえ、日陰に入るとすこしひやり、とする。 風で葉が触れ合うサラサラとした音と、自分たちが踏みしめる玉砂利以外の音はなく。 「……落ち着くな」 「そういえば、お前は神社の息子だったか」 「小さい頃はそんなにいいものだと思ってなかったけど」 狭い境内を歩き回ると、小さな祠のようなものが目に留まる。 「うちにもこういうのあったなぁ」 無人ではあるものの、誰かがこまめに手入れしに来ているのだろう。 湯呑になみなみと入った水は澄んでいるし、あめ玉やそのあたりで摘んだのであろう花も供えてある。小さな子どもでも来たのか。 「昔、うちにあった祠についてルルーシュに訊かれて。説明したらナナリーも何かお供えしたいって。結局三人でその日のおやつをお供えしたんだけど」 僕はそんなところにお供えするくらいなら自分が食べたかったんだけど。そのことに気付いたのか、次の日のおやつにはルルーシュが自分の分を少し分けてくれたんだっけ。 「やっと笑ったな」 彼女の言葉に、自分の頬が自然と緩んでいたことに気付く。からかわれるだろうか、と身構えたところでひどく優しい顔をした彼女と目が合う。 何と言えばいいのか。息が詰まって、何故だか少し泣きたいような気持ちになった。 ************** 「お土産、買った方がいいのかな」 「さぁ。日本人はそういうの、好きだよな」 自分が抜けている間、色々な人たちがそれを補ってくれているのだろう、と思うとなにかしら気持ちだけでも、と思う。が、彼女はまったくもって興味がなさそうにご当地グッズを眺めていて。 その視線の先に、彼女が以前に抱えていたぬいぐるみのキーホルダーがあるのに気付く。 「……買ってあげようか」 「いいのか?」 「まあ、ついでだし」 心持ち、からかってやろうというのもあって声をかけたものの、思いのほか素直に嬉しそうな声が返ってきて少し面食らう。相変わらず、魔女のような態度をみせると思えば、見た目の歳相応な反応もしてくるものだから、よくわからない。 どれがいいの、と問うと、しばらく悩んだ末にひとつを指差した。それと、皆への分のお土産をもって会計所に向かう。 「なんかもう、どうでもよくなってきた気がするなぁ」 思わず口をついて出たぼやきに、耳ざとい彼女が「それでいいんだよ」と笑う。 [back] |