2.14


握り締めた掌の温度の下でチョコレートがぐにゃりと形を歪めたのがわかった。笑えるくらいに膝が震えて、その割には身動きもできずその場に凍り付いてしまって、まるで私は氷の彫像。そのくせ掌だけはいやに熱くて、後悔だけがどろりと溶けだしてあたりに散らばった。






「宍戸」

いままでに何度そうやって名前を呼んだか解らない。クラスメイト。3年間ずっと。私と宍戸は所謂悪友というやつで、どこでどう仲良くなったのか覚えてないけどとにかく気付いたら親友のようなポジションに立っていた。気付いたら、後輩の鳳くんにも羨まれるような、私は宍戸にとても近い存在になっていた。


(近い存在、なんて)

こんなに苦しいものもそうそうない。

私はいつからか宍戸に惚れていて、例えばたまに話をする程度の友達ならばきっと告白の一つでもして玉砕なり成就なりを願うこともできたのだろうけれど、私が私の恋心に気付いた時にはもう、そんな甘い言葉を言えるような間柄じゃなかった。
なんて苦しいのだろうか。ファンクラブの女の子達は羨ましいと言うけれど、こんなの苦しいだけだ。生殺しだ。

今宍戸に向けて、私が女の子らしい行動を取ったら恐らく笑うか引くかの2択だろう。容易に想像できてしまう。
だから、そんな反応をされるのが怖くて、怖くて、何もするはずじゃなかったのに。


今私の掌の中で生温くなってしまっているのはなんだろうか。

世間の甘ったるい雰囲気に流されて、慣れない手つきで作って、悪戦苦闘しながらラッピングまで施して、このバレンタインなんていう日が産み落としたかけらはなんだろうか。


「どうしたよ、名前」

宍戸はまさか私がチョコを渡すだなんて想像もしていなくて、いつもどおりの顔をしている。…馬鹿、こっちは足まで震えてしまっているというのに。惚れたモン負けなんて誰が言い出したか知らないけれど、まさしくそれだ。宍戸は私のことを悪友以上のなんとも思っていないのがわかるとどうしようもなく泣きたくなった。
後ろ手に握り締めたチョコレートは多分、もうその輪郭すらくずれかけているのだろうと思う。ああもう、こんなものを渡すくらいならばなんでもないと言って立ち去る方がいいかもしれない。そうだ、そうしよう、それが、


「なあ名前、」「…ん?」

「…それ、俺にくれんじゃねえのかよ」

「え、」

気付かれていた。
爪先から頭の先まで血が上って顔が火を噴きそうなくらい熱をもつ。血の気のなくなった爪先は感覚が失せて、莫大な執着心は人を殺せるのだと本気で思った。宍戸は宍戸で、ヤベェ勘違いかよ恥ずかしいじゃねえかとかなんとかいって顔を赤くしているし、ごめん勘違いじゃないんだよ宍戸、ああもう、なんであんたが顔を赤くしてるの、


「馬鹿っ」

「おわっ!?」

投げ付けた拍子にラッピングが崩れてしまって、チョコレートは宍戸の掌の上でへにゃりと情けない姿を曝してしまっている。
ああなんてどこまでも情けない、悔しさでまた顔が熱くなる。宍戸は宍戸でそんなチョコレートをまじまじと眺めていて、もうやめてよそれ以上眺めないではやく笑ってよ、似合わないって言ってよ、
そんな願いの声が届いた訳ではないと思うけれど、宍戸はようやく顔を上げて、その顔はなんだか嬉しそうに見えて、


「…やっと貰えた」


…って、なにそれ。

なんで今、私は宍戸に抱きしめられているのでしょうか。
神様、お願いします。これが夢ならどうか覚めないで、夢でないなら時間を止めて。


「…好き」

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バレンタインにあげようと思ったはいいけど結局間に合わなかったもの。

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