人生惚れたモン勝ちというだけの話


「名前ちゃん、おはよ!」

「名前ちゃんのお弁当手作り?めっちゃ美味しそうやんっ」

「名前ちゃーんっ今日も格好ええわあっ」



…そらなあ、勝手にしいや、言うたんはたしかに私やけど、


「ちょっと好き勝手振る舞いすぎや!」

「ああん名前ちゃん機嫌悪いっ」

あの日のあの朝以来、毎時間毎時間授業が終わる度に隣のクラスからやってきては飽きもせずに私に引っついては幸せそうな白石に心底呆れ果てる。そら勝手にしいやとは言うたけど、ここまでベッタリやなんて誰が想像したやろう。男子諸君はおろか、最近では女子生徒までもが嫉妬混じりの生暖かい目で私らを見守っとる。あーあーウザい、ウザすぎる、こっち見んなヒソヒソすんな!改めて、男女を問わん白石の人気者っぷりに呆れ返る。
視線の原因であるところの白石はそんな周りの様子なんか目に入っとらんみたいで、キャッキャキャッキャと…


「名前ちゃん、眉間シワ寄りすぎや」

「アンタのせいや、アンタの」

私の溜息が聞こえとるんか聞こえとらんのか、白石さんはただ一人上機嫌やった。



「くらりんったら最近名前ちゃんにべったりやねぇ」

「お前らレズか!キモい!」

冷やかしに来たのか笑いに来たのか、皆が遠巻きに私らの事見守る教室で堂々と話し掛けに来た二人組。それは金色と一氏…って、おいコラ一氏。


「お前にだけはレズ扱いされたないわこの真性レズ」

「なんやと!」

「まあまあ、ユウくんも名前ちゃんもアタシのために争わんといてぇ」

思わず一触即発な私と一氏の間を執り成すように金色が口を開いた。いやいやなんで金色のためやねん、違うわアホ。ついツッコミを入れたくなるのをぐっと飲み込んで黙る。一氏は、ウチには小春だけやとかなんとか喚いとって、こいつらのレズネタは漫才やっちゅー話やけど一氏お前やっぱりネタ違くてマジやろ。せっかくの可愛らしい顔ぐしゃぐしゃにして泣きベソかく一氏に、金色と顔を合わせては溜息。ホンマキモいで一氏。



「…なあ名前ちゃん」

「あ?」

「名前ちゃんって小春のこと好きなん…?」

いやいやごめん、どうしてそうなる。
今まで黙って成り行きを見守っとった白石が袖引いたかと思えばいきなり変な事を言い出して、私、絶句。どこをどう解釈したらそない結論に至るんですか。私のこと見詰める白石は悩ましげな表情に睫毛が震えとって、綺麗な瞳はひたひたと濡れ…って、なんでそうなんねん。美人いややわー美人怖い。ここ数日私の事締め付けるえもいわれぬ罪悪感で、そろそろ潰れそう。何をそない勘違いしたんか解らんけど、誤解とくようにそんなアホなことあるかいなと搾り出せば白石は安心したように眉を垂して笑う。ああもうそんな顔して…。最近、一々落ち込んだり笑ったりと忙しいこの美女に、いいように翻弄されてるような気がして仕方ない。


「よかったあ、名前ちゃんが小春ん事好きやったら泣くとこやったわ!」

「………………」

女テニってなんなん、レズの宝庫なん?












あの日以来名前ちゃんにべったりのうちやけど、これでも一応甘えてるっちゅう自覚はある。
だってどんだけ素っ気なくしとっても名前ちゃんはうちのこと傷付けんようにしてくれてるし、どっか行けや言いながらもその声、めっちゃ優しいねんで。ツンデレやツンデレ。そら、うちかて名前ちゃんに本気で拒まれたんやったら離れたと思うけど、そない素敵なとこ見せられたら甘えたなるやんか。


「はあー、うちって酷い女やねえ」

「…なんすかそれ、今更っすわ」

カーテンを閉め切った薄暗い部室で部誌とにらめっこしながら呟いたら、後ろで着替えとった財前が呆れたみたいな声を出す。…素っ気ないとこなんかは名前ちゃんによう似てるけど、この後輩の言葉はほんまに馬鹿にしよるから腹立つわ。文句の一つでも言うたろ思って振り返ったら丁度うちの目の前に白い脇腹晒しながらユニに頭通してるところで、文句のかわりに擽ってやった。


「ちょっ…と、部長!何しはるんですか!」

「財前は生意気やねん」

「はあ?」

面白いように身をよじって、慌ててユニの裾を引っ張る財前の顔は真っ赤で面白い。机に頬杖つきながら持っとったシャーペンで小突いたら、めっちゃ嫌な顔しよった。…ほんま、可愛くないわ。
着替え終わった財前は、うちの正面の椅子に腰掛けて面白がるような目でこっちを見てくる。好奇心にきらきら光る目は、普段の気まぐれっぷりも合わさってまるで猫みたい。まだ殆ど部員の来てへん、静かな部室でじーっと猫に見詰められるというのも変な気分やわ。負けじと見詰め返しながら一言、何と問う。


「白石部長、最近めっちゃ噂になっとりますよ」

「噂?」

「ナントカ先輩とかいう女の人と付き合い出したっちゅー噂です」

財前の好奇心の対象、ひょっとしなくても名前ちゃんの話やろとは思っとったけどな。その言葉に、ちょっぴり喉の奥が辛くなったような気がした。競り上がる辛いのを無理矢理飲み込んで、すっ飛ばすように笑い声を上げる。からからと響く笑い声は部室の壁に反響してうちのとこに返ってきた。


「…何笑ってはるんです」

「だって財前、そない付き合うてるなんて話、どっから聞いたんよ?」

「2年は皆そう言うとりますわ」

違うんですか?
財前の目はあくまでも猫で、そういや好奇心は猫を殺すとかいう諺があったなあとかどうでもええことが頭を過ぎるけど、財前はなんやかんやで殺されずにいそうやんなあ。どうでもええけど。
口元に笑み浮かべたまま何も言わんうちを訝ったように、財前が眉を寄せる。こぼれ落ちた溜息が、震える。


「…付き合うてなんか、あらへんわ」

「じゃあなんでそんな噂立ってるんですか。えらいイチャイチャしとるて聞いたんですけど」

「…うちの片想いや」

そう、片想い。
この間は、格好付けて名前ちゃんには好きになってもらえんでも構わんって言うたけど、ほんまは、うちは、名前ちゃんに――、嗚呼、片想いっちゅうその言葉が舌に刺さってじくじくと痛い。
うちが勝手に名前ちゃんに惚れとるだけや、名前ちゃんはうちのことなーんも思うとらんのよ、やって名前ちゃんはうちのこと鬱陶しいと思うてるもの。言い訳のように吐き出される言葉は逐一うちの舌に突き刺さって、痛くて痛くて、もう言葉も喋られへん。
財前は黙ってうちの言葉聞いとって、うちの言葉が途切れても黙ったまま。部室の外には、遠くから金ちゃんとか謙也の声が響いてきて、ああ、もうそろそろ皆来る頃やね。部誌を閉じて立ち上がれば、財前が怖ず怖ずと口開いた。


「…あの、部長」

「ん?」

「…人生惚れたモン勝ち、っすわ」


…あほ、それ言うなら人生惚れたモン負けやっちゅーねん。
不器用な後輩の言葉があまりにも御都合主義で、思わず笑ってまう。でもなんか、それってすっごいええ響きで、どうせうちって酷い女やし、


「そやね、うちの勝ちやわ」

呟くと、なんだか面白くなってしまった。


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