答え合わせの朝彼女は微笑んだ
「やっぱりうち、名前ちゃんのこと好きや!」
私の朝は、彼女の勝ち誇ったような笑顔から始まった。
やっぱり勘違いや。それ以上でも以下でもない。一氏から得た情報を元に一刀両断する。白石さんには悪いけど、私はそない勘違いを放っといて優しくしたるなんて出来ん。一晩でどんな結論を彼女が導き出そうが私は全力で否定する。
(って、その心積もりやったんやけど)
「勘違いも間違いもあらへん、うちは名前ちゃんが好きや!」
なんやねんその清々しいまでの笑顔。
朝一で私の教室に乗り込んで来たか思えばいい笑顔で宣言して、って今室内にどんだけ人おる思うてんねん。まだ早い時間やからええけど見てみい、周りのこの視線。咎めるように白石さん見上げたら、ニタリと意地の悪い笑顔浮かべて私のこと見とった。ああそうかいわざと今の時間選んだんやな?ここで私が嫌い言うたらそらもう大バッシング確定やん。きらきら眩しい綺麗なだけの子や思うとったら案外やるやんか。
でも、
「はいハズレ。それは間違いや」
地味かつ不真面目なんていう私のクラス内での地位なんか、あってないようなモンやで。バッシングが怖くて喧嘩ができるかっちゅー話や。素気なく返せば白石さんは案の定傷付いた顔しとって、何か言い返したいけど何も言えんって表情。男子数人がいきり立ったみたいにこっち睨んでくるんが鬱陶しいから、私は白石さんの手を引いて教室から出た。後ろから一氏の罵倒と金色のエールが聞こえてきて、振り返ったら荒れた教室んことはうちらに任せとけみたいな顔しとったんで有り難く任せることにする。
廊下をあの白石さんの手を引きながら歩くやなんて、あちこちから視線浴びまくりや。コレ周りの奴ら絶対私が白石さんのことイジメる思てるやろ。違うわボケ。つくづく、自分の印象の悪さに嫌気がさす。
「…あのなあ、白石さん」
「何?」
「間違いはある、言うたやろ」
「あらへんよ」
やから、その自信はどっから来るんやて。きっぱりと両断する白石さんの口調は澱みなくて、昨日一晩何を考えて来たんやと呆れる。掴んだ手をきゅって握り返されて、嬉しそうな声で名前を呼ばれる。柔らかくてすべすべで、これぞ女の子の手っちゅー感じや。ハンドクリームなんかとは疎遠の、荒れた私の手とは大違い。なんでこんな子に勘違いさせてもうたんやろ。情けなくて溜息がこぼれ落ちる。
「名前ちゃん、なんや悩んでんの?」
…君のせいや、君の。
勢いよく開いた屋上の扉の、その先から暖かい風と太陽の光とが私らに向けて吹き付ける。四角く切り取られた光の洪水から逃げるように顔を背ければ、隣の白石さんは長い睫毛の縁取る両目をしぱしぱさせとって、アカンわ…こっちも眩しかった。目を細めて、少し眺めて、目が合いそうになったから私はわざとらしく咳ばらいなんかしながら屋上へと踏み込む。白石さんが後ろからまた私の名前を呼ぶけど、黙殺する。
さて、答え合わせの時間やで。
「…なんで、白石さんは間違いはないて思ったんや?」
「やって、何回考えてもやっぱり好きやねんもん」
「そら、勘違いの」
「ちゃうよ」
私の言葉を遮るように、白石さんの力強い声が上がる。私にはそれが悲痛な声に聞こえたように思うけど、白石さんの表情は穏やかで、あくまでも幸せそうやった。
「名前ちゃんの言いたいことは、わかったわ。あんな場面で助けられたら勘違いもするやろ思う。けど、違うねん。最初こそ名前ちゃんはヒーローや思うてたけど、もう違う。上手い事言えへんけど、名前ちゃんの行動のひとつひとつが好きで、そら引き金になったんは助けてもろた事やろけど、そんなん全部飛び越えて、今はホンマに名前ちゃんが好き」
「………………」
白石さんが、ちゃんと考えてきたのはよう解った。ちゃんと勘違いにも気付いとった。でも、それ飛び越えて好きっちゅーんにはやっぱり、うんとは言ってやれん。そら私が男やったら、こんだけ想われとったこと知ったら一も二もなくOKしとったやろけど、残念ながら私も女や。しかも私はモブ女やからええけど、あんた、学校一モテるやないか。白石さんは、そこんとこ完全に忘れとる。
「名前ちゃん、」
「…何」
私の声はいつにも増して不機嫌の無愛想やけど、白石さんは気い悪くしたそぶりも見せへん。ただニコニコ笑ってる。
「うち、名前ちゃんが好きや。でもうちら女の子同士やし、付き合うてほしいとかそういうんはないんよ。ただ、うちが名前ちゃんが好きいうんを知っといてほしいだけ」
「…残念ながら、私には全然解らんわ」
充分知っとるよ。充分知っとるけど、うんとは言うたらんよ。
白石さんは、困った顔をして、
「…せやったらしゃあないな。名前ちゃんがうちの気持ち解ってくれるまで好きや言い続けるで」
なんでそうなんねん。
あくまでも清々しい笑顔浮かべる白石さんはやっぱり女の私からみても美少女で、綺麗で、下品でセックスしか頭になくてむかつく男共に惚れてまうよりは全然ええかもしれん、なんて。ちょっと優越感じてしまう私は白石さんよりも男共よりも誰よりもアホや思う。
世界一アホな私は、白石さんの綺麗なおでこに小さくデコピンして、
「…勝手にしいや。ホンマあほやなこの子は」
白石さんは額押さえながら目を見開いた後に、太陽にも負けんくらいに眩しい笑顔を浮かべた。
← | →