恋に落ちるには一瞬あれば充分


自分が美人なんもテニスが上手なんも、自覚しとった。そんな自分がどう振る舞えば周りが好いてくれるかが解る程度には頭もよくて、そんな風に振る舞っとった。せやからうちは学校でもようモテたし、実際男子から告白されることも少ななかった。
けど、どうしてもそういう"人に惚れた"っちゅう気持ちが理解出来んくて、うちはその告白を尽くはねつけとった。それがまたモテる一因になって、なんや知らん内にうちは高嶺の花みたいな扱いになっとって、まあそう思われるんも悪くはないわって…


そう思っとった時期もありました。








目の前に不機嫌に座ってるのは今日知り合ったばっかりの女子生徒で、上履きの色が一緒やったから多分同じ学年なんやろうけどホンマに見覚えもなくて、でもそんな事はどうでもええっちゅー話や。


「あの、その、助けてくれておおきに」

「ん」

ああ、そのぶっきらぼうな声も格好ええ…!ってゆうか嫌気丸出しやのにうちの事ほったらかしてどっか行ってしまわん所がホンマに格好ええ!
うちはもう全然平気やったけれど、こうして気遣って傍におってくれるのが嬉しいからなんも言わん事にする。不機嫌な彼女も黙ったまま。鼻で息を吸い込めば、今し方使われたばかりの消毒液の匂いがツンと鼻の奥を刺激する。先生のおらん保健室で、よう知らん女子と二人っきりなんて気まずい状況にもかかわらず、うちは内心舞い上がっとった。










その日もいつもみたいに男子に呼び出されて校舎裏に連れて行かれて、予想してた通りに告白された。もちろんうちは振るつもりでそこへ行った訳で、だからいつも通りの文句で男子生徒の告白を断った。その男子生徒も予想はしてたみたいで、さよかって言って肩落としとって、そこまではよくある事やったんやけど…

立ち去ろうとするうちの肩掴んだ男子が、一回だけ思い出くれって言い出してから、全部が変になってもうた。


一回だけ思い出くれっていうのはつまりはそういう事で、要するに俺とセックスしろっちゅー話や。はあ?アホか、なんでうちが好きでもない男に股開かなあかんのや。そんなん言語道断、うちは有り得へんって即否定した。当たり前やろ、コイツ女なんやと思うてんねん。
それで、さっきの告白断った時みたいにさよかって引き下がると思っとったのに、コイツ、この男、


無理矢理事に運ぼうとしてきよった。


校舎の壁に押し付けられた手首は逃げようとしてもビクともせんで、せめて大声でも出して人呼んだろ思たのに恐怖で狭まった喉からはヒイヒイって空気が漏れるだけで、生まれて初めて自分が女であることを憎んだ。
ろくに抵抗も出来んままにスカートたくし上げられてパンツに手を掛けられて、ああもう終わりやなって思った瞬間に、


「おい」

「!!」

ホンマ、ヒーローにしか見えへんかったで。



現れたのは不機嫌丸出しの女子生徒。こんな状況に怯みもせずに近寄ってきたかと思えば硬直する男子の腕掴んでうちから引っぺがして、股間に強烈な蹴りを入れた。鈍い音と呻き声を上げてその場にうずくまる男子に追撃とばかりに無言のままもう一発蹴りを入れたらあとは放置、うちの手を引いてさっさとその場を去った。

男子生徒が見えんとこまで来たらその子は立ち止まって、振り返った顔はほぼ無表情やったけどうちの事気遣ってくれてるんだけはようわかった。埃着いて皺になったスカート綺麗にしてくれてくしゃくしゃになった髪整えてくれて、終始無言やったけどかえって何も言われんのが心地好くて、
気付いたらうち、泣いとった。
情けない話やけどホンマに怖くて、助かったって事実が、この子の優しい掌が沁みて、気付いたらボロボロ涙零しとった。
うちより少しだけ背の高いこの子は少し困惑したみたいな顔をしたけど、涙止まらんうちのこと優しく抱きしめてくれて、それが余計に胸に沁みたモンやからうちは余計に涙が出た。




「…ごめん、助けてくれておおきに」

「構わんよ」

暫くしてようやく涙止まった時にはどれくらい時間が経っとったんやろう、その子の制服の肩のところにはでっかい涙の跡ができてしもうてて、申し訳なくなってもう一回謝れば気にせんでええって微笑んで頭撫でてくれた。


(ああ、なんやろうこれ…)

なんか、胸の辺りがじわっと熱くなるこの感じ。撫でられたところからじんじんと変な感覚が降りてきて、くらくらするこの感じ。
うちが聞いた所によると、恋っちゅうんはもっとこう…ドキドキと跳ね上がるみたいなもんやって話やったんやけど、全然違うやん。

うちの初恋は、じわっと胸から頭からうちのことを染め上げて、あっちゅう間に虜にしてもうた。


「好き…」

「は?」

違う違う違う違う。
思わず口から出た言葉に、慌てて両手で口塞ぐ。いくら初めての恋やからていきなり口に出すアホが何処におんねん!案の定まだ名前も知らん女子生徒はポカンとしちゃってるし、ああもうホンマ、何やっとるんや自分は。


「あの、えっと…な、名前は?」

下手すぎてごまかしにもなっとらんけど無理矢理話題を変えたらその子は苗字名前って律儀に答えてくれて、へえ…苗字名前か、可愛え名前やなあ…素敵やなあ…


「あー、名前ちゃんやな?うちは白石蔵ノ助いいます。ホンマ、さっきはありがとう」

「知っとる」

「へ?」

知っとる、て…うちの事?ハテナマーク浮かべるうちを余所に、名前ちゃんはさっさとこっちに背を向けてもうた。もう帰ってまうんやろか、と思うたら手差し出されて、保健室行くで、やて。うちはなんでやと思うたんやけど、差し出された手握ろうとしたら肘のあたりにピリッとした痛み感じて、今まで気付かんかったけどどうやら抵抗した時に擦りむいてもうたみたいやった。

手繋がしてもろて、保健室まで連れてきてもろて、中の先生にうちのこと預けたらホンマにさいならやなあと思うたのに、保健室は誰もおらんくて、うちはラッキーと思うたけどぶっちゃけ名前ちゃんには迷惑以外の何でもないやろうに…優しい彼女はうちを放置せんと、消毒までしてくれた。


「色々、おおきに」

「もう構わんて」

うちは何回礼言うても言い足りんのに、名前ちゃんはあんまり礼言われんのは好きやないみたいやった。ありがとうを言う度に不機嫌な顔になってって、これ以上名前ちゃんに迷惑掛けたないと思うのに、口開いたらありがとうしか言えんくて、他の事喋ろ思うたら好きって言ってまいそうで、やっぱりうちはありがとうしか言えんかった。

もう消毒も済ませたし口開いたらありがとうしか言わんくて鬱陶しいし、うちなんかさっさと放って帰っても良さそうなもんやのに名前ちゃんは黙って座っててくれて、正直今一人になるんは嫌やったから名前ちゃんの優しさが嬉しゅうて仕方なかった。ますます好きが募る。
抑えきれんようになった好きは、身体中から溢れ出しそうなくらいでっかくなって、気付いたらほんまに溢れ出しとった。


「…名前ちゃん、」

「ん?」

「うち、名前ちゃんに惚れてまいました。好きです」




名前ちゃんは、今までで一番不機嫌な顔をした。


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