やきもき、やきもち、気もそぞろ


「名前ちゃん!」

体育の授業は、もう気が気やなかった。終わるなりさっさと着替えてもうて、勢いよく飛び込んだのは1組の教室。名前ちゃんはもう帰ってきとって、いつもみたいに席で頬杖ついとって、で、後ろには――


「千歳ぇ!」

べっとり名前ちゃんにはりついて笑ってる千歳がおりました。










(ああ、名前ちゃんと目ぇ合ったんほんま嬉しい名前ちゃんほんま好き)

名前ちゃんが授業サボってるってわかった瞬間につまらんようになった体育の授業やけど、屋上におる名前ちゃん見付けた途端にそんなことはどうでもようなるうちは、つくづく現金やと思う。手のひとつでも振りかけたくなったけど、どうにも気になるのが隣の女子生徒。


(千歳、何しとんねん…)

大方あの子もサボりなんやろと予測はつくけど、それにしたってよりによって屋上。それも名前ちゃんに親しげに笑いかけとる。何、仲良く話してんの?
折角名前ちゃんのお陰で楽しく過ごせるはずやった体育の授業は、千歳のせいでいっこも集中できんようになってしもた。気もそぞろにボールを追いかけてたら足が絡まって、それはもう盛大にコケる。普段は完璧なうちが、するはずのないミス。名前ちゃんに見られてへんやろか――慌てて確認した屋上には、もう名前ちゃんも千歳もおらんようになっとった。嫌な予感にざわつく胸を、思わず押さえる。
いかつい顔した体育教師のホイッスルで、授業がおわる。


埃っぽいグラウンドの隅に整列、挨拶もいい加減にうちは猛ダッシュ。足自慢の謙也が呆気にとられんのを横目に、上履きの踵もいい加減に、階段は二段飛ばしに。慌てて着替えたからタイが少し曲がってもうたけど、そんなもん気にしてられるかい。うちは勢いよく1組の扉を開けた。


「名前ちゃん!」

教室では同じく体育の授業を終えた1組の女子が着替えてる。皆驚いたみたいにうちのこと注目してるけど、窓際の席が視界に入った途端、そんなもん気にならんくらいに逆上せかえって、うちの頭は爆発寸前。完全に裏返った声で、元凶の名前を叫んだ。


「千歳ぇ!」

「あー白石、お疲れさん」

鬱陶しそうに眉を寄せた名前ちゃんの、背中に抱き着いて笑ってる千歳はひらひらとうちに向けて手を振る。解ってんのかそうでないのか、千歳の笑顔はそれはもう和やかで、それがまたうちの神経を逆なでする。つかつかと足音も抑えずに歩み寄れば「白石、タイ曲がっとーよ?」、ああもう。千歳に指摘されて、ちいさく皺になったタイを真っ直ぐに戻す。辿り着いた窓際の席、名前ちゃんを挟んで千歳と向き合う形になった。私、便所行きたいんやけど…疲れた顔した名前ちゃんが呟いた。


「千歳、何してるん」

「新しいお友達と交流たい」

「…アホか。ただの顔見知りや」

呆れたように突っ込む名前ちゃんを黙殺して、千歳を睨みつける。
千歳は見せ付けるように名前ちゃんの首に回した腕のわっかを小さくして、これみよがしに顔を寄せる。背中にぎゅうぎゅうと当たってる脂肪の塊がなんとも憎らしい。シャツの隙間から見える谷間が憎らしい。う、うちかて、抱きしめたら胸くらい…!
うちの気持ちくらい簡単に気付いてるはずの千歳の、あからさまに挑発的な態度にいらいらが募る。出来ることなら今すぐにでも引っぺがして名前ちゃんのこと連れ去りたいけど、所詮うちはただの片想い。名前ちゃんかて鬱陶しい顔してても千歳に離れろとは言ってへんし。余計なことしてこれ以上嫌われるんは御免や。
悶々、悶々。



「………っ、名前ちゃんのアホ!」

「私かよ!」


ああもう最悪、名前ちゃんの前では完璧にしてたかったのに、何やの、このていたらく。勢いに任せて教室飛び出して、そのまま隣の自分の教室にもどるんじゃあ格好つかんかったからそのまま駆けて駆けて、気付いたら保健室に来てた。養護教諭は今おらんかったけど、保健委員のうちにとってその部屋は勝手知ったるもので、すぐに来室カードに頭痛と書きなぐると一番奥のベッドに潜り込んだ。


(名前ちゃんに暴言吐いてもうた)

ああもう最悪、こんなんうちのすること違うわ。今更自己嫌悪に陥って一人ベッドで拗ねてるうちを、千歳は笑っとるやろうか。名前ちゃんは呆れとるやろうか。段々と卑屈になる自分が嫌で、枕に押し付けた目元がじんわりと水気を帯びた。










「……千歳」

「んー?」

「あんま、あいつからかうなや」

ひんやりと、背中が冷たくなるくらいの声にうちは苦笑を漏らす。不機嫌極まりない名前は白石の去っていった扉のほうを向いて、大きい溜息を吐いた。


「気になるんやったら追いかければよか」

「今し方思いっきりアホ言われたのにか」

「…白石、怒っとったねえ」

「お前のせいでな」

素気なく切って落とされる。ヒステリー起こして飛び出した白石んこと、ひどく鬱陶しがって見える名前やけど、むっすりと、それでも白石が戻ってくるのを待つように扉から目を離さんその姿は、随分と白石んこと――


「…ふふ」

「何笑っとんねん」

ああ、白石も名前も、むぞらしかー。


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