トリップ女と野次馬一同


あんなにも面白いと思っていた跡部だけど、授業中の態度なんかは流石というか、やっぱり男前なんだなあ…とか、


(思えねーよ、こんな近距離じゃ!)

また何の権限を使ったかは知らないけれど、なんと私の席は跡部と窓に挟まれた教室後部の席。隣からの、帝王の威圧感がハンパない。ああ神様、どうしてこんなことに?どうせなら可愛い女の子の隣がよかったです。跡部は教室に入るなりクラスメイトに向けて私を紹介したかと思えばさっさと席を指定して、半ば無理矢理…と言えば聞こえが悪いが、例の殺気混じりの威圧感をもってして、私をそこへ座らせた。よろしくを言う間もなく教室後方に追いやられた私は勿論、跡部と私のやりとりを傍観していたクラスメイト一同までもが呆然と彼の独裁を見守る他なかった。まさに絶望である。
とはいえ、今のところ私が心配していたような事態には陥っていないので内心かなりホッとしている。跡部からの嫌がらせもないし、俺様何様による腹筋崩壊もないし。

跡部って、漫画とかアニメで見てた時は俺様ナルシストでなんかイタイし高笑いだし薔薇だしぶっちゃけただのネタ要員にしか見えなかったのに、授業中の態度なんかは流石というか、やっぱり男前…って、さっきも同じこと思ったっけ。とにかく、私に対する威圧感さえ除けば隣に座るこの男は人気の出るのも頷ける程度には完璧だった。


教科書の類はすべて用意されていたらしいので困ることもなく、氷帝学園へやって来て最初の授業は恙無く終了した。
休み時間を知らせるチャイムが鳴ったと同時に、前の席に座っていた女の子がこちらを振り返って笑いかけてくれる。ああ、私が欲しかったのはこれよ…。変態眼鏡に連れ回されるのでもなくナルシス帝王に殺気を向けられるのでもなく!可愛く笑ってくれる女の子は、緩くくせになっている黒髪を揺らしながら声をかけてくれた。


「私、松下早智子。さっちーって呼んでね?よろしく、苗字さん!」

「よろしくさっちー。私のこと、名前でいいよ」

松下さん…もとい、さっちーは快活に笑って手を伸べてくれた。彼女の優しさと明るい笑顔に、救われるような気持ちで握りかえす。ああ、こちらへきてから初めてのお友達…。ドヤ顔で跡部を振り返れば、鼻で笑って軽くいなされました。何だよその余裕、腹立たしいな。さっちーといろいろと話をしていると、他にもクラスの女の子達が数人私の席のほうへやってきた。それぞれに自己紹介をしたりしてくれて、教室の隅がにわかに花が咲いたような鮮やかさに彩られる。と、私が幸せいっぱいに女の子達と話をしていれば突然、此処とは違う教室前方からも黄色い声がわっと咲いた。何なに、なんだ?首を伸ばして窺――


「げえっ!」

「え、急にどうしたの名前ちゃん?…あ、忍足君だ。他のテニス部員も居るね」

なんで、どうして、そこに居る!
黄色い声の大元には、忍足を筆頭に漫画の中で見たことのあるおかっぱ赤髪やら傷だらけヤンチャ少年やらがわらわらと、教室前方の扉から顔を出していた。瞬間、忍足と目が合ったかと思えば表情には出ないけれど意地悪い目をされる。目的の人物を見付けたらしい一同は、何故か私の居る教室後方に…って、そうだよね君らの目的の人物なんてこの部屋に一人しか居ないよね、うん。サッとクラスに居る生徒達がはけて開いた道を辿るようにして行き着くのはもちろん、私の隣の跡部のところ。私はこんな集団に囲まれては敵うまいと、さっちー達と一緒に席を離れた。
教室後方には希代のイケメン軍団、そしてそれを取り巻くように立ち尽くす一般生徒達…。何、この図?


「アーン?お前ら、わざわざ何しに来たんだ?」

「忍足が、跡部が面白いことになってるって言うから見物に来たんだよ」

「そーそー。で、面白いことってなんだよ侑士?」

「ああ、それやったら今逃げたわ。ホレ」

忍足が指をさす、その先には。


「え、私?」

突然教室に居る全ての生徒の視線を浴びる羽目になったのは、なんと私。忍足にくっついてやって来た宍戸や向日は誰だよこいつと言いたげな目で私を眺め回す。なんとかして逃げたい私は頼みの綱であるさっちーを振り返るけれど、さっちーも突然のことに訳がわからなくなったような目で私を遠巻きにした。築かれかけた友情が、この奇想天外どもに粉々にされた瞬間である。
沸々とわきあがる怒りをどうしてくれようと拳を握り締める私を余所に、奇想天外どもはこいつ誰だとかなんとか跡部を問い詰めている。


「例の転校生だ」

「ああ、あの跡部を馬鹿にした?」
「ああ、あの跡部が夢中になった?」


勿論、次の瞬間には教室内は怒号が飛び交った。女子生徒はもちろん、興味なさ気にしていた男子生徒すら驚いて声を上げ、まさに阿鼻叫喚。どうしてこうなった。ああ一体、テニス部員の間で私がどういう風にして話題に上ったのだろうか。確かに跡部を馬鹿にはした、かもしれない。が、夢中になったってどういうことですか。現在進行形で跡部からは夢中に、なんていう言葉から思い浮かぶような甘い空気は何も感じられない。感じるのはただひとつ、さっきまでよりも更に強烈になった殺気だけだ。
好き勝手な言葉が飛び交う教室に、跡部の額にはくっきりと青筋が浮かんで見える。かと思えば帝王は徐に立ち上がり、指を鳴らした。途端、教室は先程までの喧騒が嘘だったかのように静まり返る。烏合の衆を黙らせた跡部は、愚か者どもを一瞥したかと思えば一言も口を開かないまま、つかつかと足音を立てて扉の方へ向かった。


「…何してやがる、お前も来い。苗字」

「え…は、はあ」

「忍足、宍戸、向日。お前らもだ!」

間抜けな顔をした私達は、雁首揃えて先に出ていく跡部を追った。跡部が歩くとつかつかと鋭い音が鳴るのに私が歩くとぺたぺたとしか音が立たない。同じ上履きなのにどうしてこんなにも違うのだろう…とかなんとか。どうでもいいことばかり浮かんでは消える私の頭は、完全にショートしていた。

私が最後尾になって教室を出るときに一人の女の子が呟いた何よあれ、という言葉に強烈な毒を感じて、それが酷く痛んだ。


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