トリップ女と氷帝学園と


久し振りに、白いシャツを着る。今までにネクタイを締めたことがないので少しへちゃっとなってしまったが構わない、ということにしておく。スカートの丈は中学高校時代の私が履いていたよりも短くて、なんだかこの歳でこんなに足を晒すなんて…って、まだ10代だけど。この間まで女子高生してたけど。とにかく、膝上何センチなんて世界とは無縁だった私はスカートの心許なさに朝から気分は下降気味。
きっちりと制服を着て、鏡に映った私はやっぱり18歳の顔をしていて、制服を着なくなってほんの数ヶ月というのにもうこの格好に違和感を覚えてしまう。


「だって、大学生が制服ってもうこれただのコスプレ…」

自分で言っておきながら、またひとつ私の気分が下降した。
下降はしたが、仕方ないので鞄を肩にかけて部屋を出る。ぴかぴかの我が家は今日も白くて可愛らしくて、私には似合わないなあと思いつつも下がりっぱなしだった気分が少し浮上した。時刻は8時前、そろそろ学校へ向かわなければ転校初日に遅刻なんて大ポカをやらかす羽目になってしまう。私は慌てて玄関に向かって、ふと家を振り返って、誰もいない空間に向けていってきますとつぶやいた。


(…静かなのは嫌いじゃないけど)

少しだけ、いってらっしゃいが欲しかったような気がする。なんてね。


新品のローファーに足を突っ込んで玄関を出て、よく晴れた空を見上げてまたひとつ気分が上昇して、そこで私は携帯を部屋に忘れたことを思い出して慌てて家へと戻る羽目になった。玄関で乱雑に脱ぎ散らかされたローファーには小さな傷がついてしまって、早速やらかしたなあとはおもうけれど新品ツヤツヤなローファーよりもこっちの方が私に合ってると思った。
再び玄関をくぐって、私は朝の暖かい光の中を今日から通う学校へ向けて歩き出した。いざ氷帝学園へ!











ちゃんと頭の中に叩き込んだ道の通り学校への道のりを歩いて、近付く程に増えていく私と同じ制服を着た生徒たちになんだか落ち着かない気分になる。私はちゃんとこの少年少女達に混ざれるんだろうか、とか。年甲斐もなく不安になるけれど、引き返す訳にもいかないので不安を枷に少しずつ重くなってゆく足を叱咤しながら、顔だけは普通の振りをしてなんとか進んでゆく。
もうすぐ校門がみえてくる、というところでにわかに周りがざわつき始めた。なんだ、何かあったのだろうか。ひそひそと声を上げているのは主に女子生徒で、校門を指差しては頬を染めて騒いでいる。なんだなんだ、アイドルでも居んの?別に興味はなかったのだが、それでも私は野次馬よろしく駆け足で校門が見えるところまで行って、

猛烈に後悔した。


(何あれ何あれ何あれ。意味わかんない)

荘厳な校門の前に、周りの視線を心地好さげに浴びているナルシー顔が一人居ました。一人居ましたっていうか、バッチリ目が合いました。目が合った瞬間にやっと来たかみたいな顔をされました。…思わず通学路を逆走しかけた私は間違ってないとおもう。まあ勿論、いつかの伊達眼鏡よろしくすぐに捕獲されましたけど。


「オイ苗字、遅いじゃねえか」

「……どうも」

この状況は一体何でしょうか。
校門前で誰かを探してる風だった俺様何様跡部様は、私を見付けた途端に猛然と歩いてきて(私は駆け足で逃げようとしたのになぜか歩いてきた跡部に捕まった。意味がわからない)、首根っこを掴んで私を捕獲してしまった。私を覗き込むその美貌は相変わらずの自信過剰顔で、だからなんで朝からそんなに自信満々なのっていう。
笑いそうになる口元を意志の力でなんとか引き締めて、何か御用ですかと聞けばお前を待っていたとかなんとか言われて、ああもう周りの視線が刺さる刺さる。女子生徒達からのあっつい視線に焼け焦げてしまいそう。あんたはただでさえ目立つんだから、こんな人の多い場所でこんな首根っこを掴むなんてしないでくれ、晒さないでくれ。頼むから。
なんだか泣きたくなった。


「……何か粗相でもしましたっけ」

「教室まで案内してやる」

おーい、会話になってねーぞ。
言うだけ言えば俺様何様はさっさと踵を返してしまって、ぶっちゃけ心底うざかったけれど黙って従うことにしておく。ここで逆らったら後が面倒そうだったから。

下足室に案内されて靴箱の場所を聞いて、新しいローファーから新しい上履きに履き替えて、もたもたしている内にさっさと行ってしまった跡部を慌てて追い掛ける。廊下でも跡部は生徒の視線を集めまくっていて、居心地悪いことこの上なかったが跡部が居ないと教室の場所も解らないので仕方なく付いて行く。なるべく距離を開けて歩こうとすれば、ちんたらすんなと叱られた。お前のせいだよ!


「っていうか、私が行くのって職員室じゃないの?」

職員室ならばこの間忍足に連れて来られた帰りに通りかかったので場所は解るから、わざわざこの男の手を煩わせることもないだろう。そう思って問い掛けたのに、跡部は馬鹿にしたような顔をしてわざわざ教師に会わせなくても俺様が居れば問題はない、とのこと。あーはいはい、流石は跡部様ですね。跡部は基本的に私には何の説明もしてくれないし、できれば教師にちゃんと説明を受けてから教室に向かいたかったんだけどなあ。そう思うけれど黙っておいた。意見するだけ無駄だろう。









跡部に連れて来られたのは3年1組の教室で、此処が今日からお前の教室だと言われる。ほうほう1組か、1という数字はとても単純だから嫌いじゃない。教室の位置も下足室に一番近いし。…と、一人満足して頷いていれば、跡部はさも当然といった顔をして教室に入っていって、もしかしなくても、これは、


「ねえ跡部、跡部のクラスって…」

「此処だ」

嗚呼、なんて悪い顔。サディストを通り越して最早鬼畜だ。私に向けられた視線はお前をいたぶってやると宣言している。それ程までに、この間笑ったことを根に持っているらしい。なんてこった。


(コイツ、絶対になんかの権限使って自分のクラスに編入させただろ…)


「アーン?なんか文句でもあんのか?」

「……別に、なーんにも文句はございませんとも、むしろ光栄光栄」

わざと大仰に宣えば跡部は満足したように鼻を鳴らして、…って今の皮肉だからね、何満足げにしてんの、馬鹿じゃないの。
転校早々面倒なことの目白押しで、私はおおよそ中学生には似つかわしくない、盛大な溜息を吐き出した。



(…私、一日中跡部と同じ教室で過ごしてて笑うの我慢できるかな)


わざわざ同じクラスに転校させた跡部の決断は、どう考えても間違いな気がした。だって跡部面白すぎる。


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