トリップ女と隣人のキミ


「あーもー今日は散々な目に合ったよ」

「堪忍なあお嬢ちゃん」

…この野郎、悪かったなんて思ってもいないくせに。

隣を歩きながらヌケヌケと言いやがる伊達眼鏡野郎の足を蹴っ飛ばしながら私は悪態をついた。忍足は痛いだのなんだのと文句を垂れるが気にしない。私はちんたら歩く忍足を放って、見覚えのあるようなないような廊下を突き進んだ。突き進んだはいいけど、すぐに方向が解らなくなったので立ち止まって、のったりと追い付いてくる忍足を待った。

あの後、跡部ルームからなんとか脱出した私は忍足に校門まで見送ってもらうことになった。なんせこんなに広い学校だ。周りをよく見る事もなく腕を引かれて歩いたのだから迷う事は必至。正直コイツとはさっさとお別れしたかったのだが、忍足も帰宅すると言うことで校門まで案内してもらう事となった。…と、言うよりも跡部が忍足にそう命じていた。


(建前上は私に気をつかってってことになってるけど、)

どう考えてもこれは嫌がらせの一種だと思う。だって跡部は確実に初見で私が忍足を苦手としているのを見抜いていたし。あれだけ笑い倒した後だから、意趣返しのつもりなのだろう。
…跡部が面白いのが悪いのになあ。


「忍足もそうおもわない?」

「…何がや?」

ちえっ。
まだじんわりと違和感の残る手首をぷらぷらと揺らしながら舌打ちすれば、ちょい待ちと言って肩を掴まれた。


「自分、なんで俺の名前知ってんの?」

「あれっ?」

しくった。てへっ。
そういやまだ跡部と忍足の名前聞いてなかったっけ。私は漫画を読んでたから知っていて、だから思わず言っちゃったけど、そういや私達は初対面だった。忍足の目がまた鋭くなって、これはアレだ、心を閉ざすっていう…ぷふっなんだよそれただの引きこもりだよ面白すぎるよ忍足…。また緩みそうになった頬を意思の力で引き締めて、なんとか笑わないようにする。


「…あー、ほら、さっき跡部がそう呼んでたから」

そう、呼んでたはず。呼んでた。呼んでたって言ってよ神様!
忍足は少し考えるような顔をした後に、そうやっけと頷いてまた足を進めた。ああ、今回は深く疑われずに済んだようだ。忍足に気付かれないよう、ホッと胸を撫で降ろす。







「さ、ここが校門やで」

「おー、ありがとう忍足!」


これでやっと苦手な君とおさらばできるー…って、


「…私どっちから来たっけ」

「お嬢ちゃん…もしかせんでも正真正銘のアホやろ」

仕方ないだろ、ちゃんと道を覚えながら学校までくるつもりだった所を忍足が無理矢理ここまで引っ張って連れて来たんだから。元凶は全部忍足じゃないか。残念ながら、私はあんなスピードで歩きながら道を覚えていられる程有能じゃない。
責任とってあの商店街のとこまで連れて帰ってよね。そう言ったら忍足は盛大に溜息をついて、って溜息をつきたいのは私の方!何が悲しくてわざわざ帰り道までコイツと一緒に歩かないといけないのだ。二人してガックリと肩を落としつつ帰路につくという珍しい光景に、周りの視線が微妙に痛かった。


「っていうか普通に俺の帰り道もこっちやし」

「えっ?あ、そうか」

そういえば私は帰宅途中の忍足とすれ違ったのだったか。ならば少なくとも商店街の所までは同じ道を帰るという訳だ。二度手間にならなくて良かったねと言えば頭を叩かれてしまった。…なんでだよ。


「そう言えばお嬢ちゃん、どっから引っ越して来たん?」

「え!?えーっと…」

異世界からです!…なんて言ったらコイツは一体どんな顔をするのだろうか。見てみたい気もするけれど、これ以上疑われたり変人扱いされたくないので口を閉じる。マトモな答えを考えている間にも斜め上からの視線が痛くて、あーとかうーとか中途半端な声だけが零れる。


「ち、千葉」

「千葉?」

いや、ごめんすごく適当に答えました。だって悩みに悩んだ末に思い浮かんだ顔が六角中のオジイだったんだもん!オジイかわいいよね!まさに妖精だよね!心の中で猛烈に言い訳しながら、千葉千葉と頷く。忍足は疑った様子もなくふーんと頷いていて、なんかもう名前以外の情報が全てにおいて虚偽だから流石に良心が痛む。


「千葉やったら結構近いねんなあ」

「忍足は関西弁だし大阪出身だったりするの?」

って、大阪出身だってことも知ってるし従兄弟がいることも知ってるんだけどね。


「せや。こっちには親の転勤でなあ」

「へえー」

そうやって会話をしている内に商店街まで戻ってきていて、話をしながらではあるがちゃんと道は確認したので月曜日からの登校に困ることはない。忍足にありがとうと告げて、忍足もほななと告げて、お互いに手を振って、お互いに家路についた、と思ったら。


「なんで忍足もこっちに来るの」

「そらこっちの台詞や。自分、もしかして家こっちなんか?」

「…忍足も?」

全く同じ方向に向けて歩きだしていました。

何故だよ。何故家の方向一緒なんだよ。そんなオプション嬉しくもなんともねーよ。なんなの、神様ってもしかしなくても馬鹿なの?
いろいろと思うところはあるが、同じ方向ならば仕方ない。またしても二人揃って肩を落とし、足を進めた。…ちょっと、そこの花屋のおばあちゃん、私ら別に仲良しじゃありませんからね、むしろ逆だからね!変な勘違いしてにこやかに微笑まないでね!にこやかなおばあちゃんは可愛らしいけど!こんどおばあちゃんの店でお花買うからね!


(…って、思考がかっ飛びすぎだし)

今日の私、忍足とか跡部とかにあてられて少し馬鹿になってしまっているな。頭を振り、冷静さを取り戻す。忍足に変人を見るような顔つきで見られたが、黙殺。元来の私はクールなのだ。





「…って、どこまでついてくるつもりなのよ」

「そらこっちの台詞や。もう家そこやねんけど」

「何よ、私の家もう見えてるし!あれだし!」

「せやったら俺のアパートも見えとるっちゅーねん」

二人して同時に指さしたのは、私の家と隣のアパート。間に一本路地を挟んだ、その距離約1メートル。


「………………」

「………………」

思わず二人して黙り込んでしまった。
だから、なんでだよ神様。こんなオプションいらないって言ってんだろーが。どうせならジロちゃんとかがっくんみたいな可愛らしい子のお隣りさんにしてくれよ。至れり尽くせりなんて嘘だ、幻だ。今度こそ、本当に、心の底から私は肩を落とした。


「あー…なんや、偶然すぎて笑いも出来へんのやけど…まあよろしゅうな、お嬢ちゃん」

「…ハハッ」

またコイツ、ストーカー見る目になってら。


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