トリップ女と不思議な朝


目が覚めたら、そこはとても不思議な世界でした。



「…なんて、そんな超展開な訳あるかよ」

訂正。


目が覚めたら、見知らぬ部屋に居ました。

いつも私が使っていたベッドよりも数段ふかふかのベッドに半身を起こして、寝ぼけ頭を無理矢理覚醒させる。
寝癖頭を掻いて、部屋を見回した。

清潔感溢れる白い壁に、つやつやの洋服箪笥。今は閉じられているカーテンは薄いピンク色。勉強机にはかわいらしいぬいぐるみが飾ってある。


…苗字名前、18歳。
今まで生きてきてこんな可愛らしい部屋で生活した事などない。因みに言っておくと、こんな可愛らしい部屋を持つ友達も居ない。



「何処だ、ここ」

ぽつりと呟いた声に返事でもするようなタイミングで、枕元に置かれた携帯が鳴り出した。急な大音量に驚くが、何もかもが見知らぬ部屋の中で響くその着信音は私がよく知った歌で、少し安心する。
慌てて携帯を手に取り、ディスプレイを確認した。



着信中

非通知


「なんだ、非通知かよ…」

お母さんからとか、友達からとか、そういった電話を期待していた私は無機質な三文字に落胆した。携帯は、相変わらず私の好きな音楽を鳴らし続けている。
暫し、ディスプレイとにらめっこした。


(いつもなら、非通知には出ないんだけどなぁ)

だってなんか怖いし。

普段ならばすぐに電源を落としにかかるところであるが、今日は切れない。
仮に、もしこれが誘拐だったとして(その割には監禁が杜撰だが)この非通知の電話が私を救出してくれる大切な鍵になるかもしれない。逆に、犯人からの要求かもしれない。それならば早く出るべきだ。
でも、普段は絶対に出ない「非通知」という三文字が、私に通話ボタンを押す勇気を与えてくれなかった。


さて、出るか否か――――

「…えっ?」


私が携帯を握り締める中、プツ、という小さな音がしたと思えば、着信中の文字が通話中に変わった。


「え、えっ?何?私何も押してな――」
『オイコラさっさと出ろやクソアマ』

「…は?」

急に通話状態になったかと思えば、通話口から不機嫌そうな声が聞こえた。一生懸命怖い声を出そうと凄んでいる様だが、その声は少年のように高い。
場にそぐわない電話の声に、一瞬頭が真っ白になる。


『ちょっと、もしもし?聞こえてる?』

「えっあっ、はい、もしもし」

再び通話口から声がしたので慌てて耳元へと携帯を当てた。電話の向こうで大きな溜息が聞こえる。…なんだか、申し訳ない気分だ。


『ハァ………、苗字名前サン、オメデトウゴザイマス!貴女は15403974人の候補の中から見事、選ばれました!』

「…え、」

『世知辛い世の中からの脱却、追い求める理想郷、素敵に無敵な妄想世界…貴女のためだけに用意された異世界100週旅行でゴザイマス!』

「異世界…?」

『その通り!苗字名前様は、予てより望まれていた異世界への旅の切符を手に入れたのです!』

電話越しの声は、先程までの不機嫌な声と打って変わって不気味なまでに陽気な声で訳の解らない事をまくし立てた。
ただでさえ訳の解らない状態だった所へこの仕打ち。


「………………」

私は、そっと通話終了のボタンを押した。
ついでに、電源も落とす。


「……うん、夢だ」

昨日はバイトが忙しかったから、きっと疲れてるんだな私。もう少し寝よう。
一人頷くと、もう一度ふかふかのベッドに身を沈める。瞼を閉じればすぐに睡魔がやってきた。


(目が覚めても、このベッドだけはホンモノだったらいいのになぁ…)


その一言を最後に、私は深く深く眠りについた。










ふかふかでぽかぽかで心地好い眠りは、すぐに妨げられた。
…バイブレーションと共に派手に掻き鳴らされる着信音によって。

ディスプレイを確認すれば、例によってそこに表示されるのは非通知の三文字。
今度は、先程のように躊躇うこともなく通話ボタンを押す。


「……もしもし?」

『ちょっとちょっとー、いきなり電話切るなんて、酷くない?』

通話口から聞こえてきたのは案の定先程と同じ少年らしき声。…記憶に照らし合わせるが、これくらいの年の少年の知り合いは私には居ない。


「…どちら様?」

『どちら様と聞かれれば!神様と答えるのがいいだろうね!』

「……イタ電なら他を当たってね」

イタズラ電話ならぬ、イタイ電話の内容に感心さえする。何が神様だ。無駄に陽気だし。
電源ボタンに手を掛ければ、慌てた声で制止がかかった。


『ウワアアアちょっと待って待って!切っちゃダメだってば!なんで名前はそんなにせっかちなのさ!話くらいは聞こうよ!ねっ?』

「………………」

正直、このまま再び電源を落としてしまってもよかったのだが、きっとこの自称神様とやらはまた私の寝入りばなを狙って電話をかけてくるだろう。
それだけは勘弁願いたかったので、私はとりあえず話だけは聞く事にした。

私が通話終了を諦めた事がわかったのであろう、電話の向こうで自称神様が安堵の息を吐いた。


『ふう……。さっきも言ったけど、名前、キミは15403974人の中から抽選で、異世界トリップの権限が与えられました』

「異世界トリップって?」

『言葉通りだよ。キミが普段暮らしていた世界とは違う世界へトリップするって事。本当は、キミ自身にどんな所へトリップするか決めて貰いたかったんだけど、いきなりそんな事言っても混乱するでしょ』

「いや、もう既に混乱してるからね」

『だから、悪いんだけどトリップ先はこっちで決めさせてもらったよ!』

「うん、人の話聞け―――って、」



は?


『ごめんねー勝手な事しちゃって。あっでもそんなに悪い世界でもないからさ、楽しいと思うし、トリップ期間中はキミの安全は保障するし、―――、――…は―…――、――――――…―…―――…――』

自称神様野郎の声が遠くなる。
決して回転の速くない頭をフル稼動して状況の整理を行うが、追い付かない。





何?
トリップ?私が?
勝手に世界を決められた?
何?





『―――と、言うわけで!キミは何ひとつ心配することなくこの世界を堪能できる訳です!あとは、机の上にある説明書に載ってあるからよく読んでおくようにね!アデュー!』

「あ、ちょっ待っ……………」

一際高い声に、ハッと我に返るも時既に遅し。自称神様は一方的に説明を施したかと思えば電話を切ってしまった。


「………………」

私には似合わない可愛らしい部屋の中、携帯片手に呆然とする。
気分は、絶海の孤島に取り残された遭難者だ。


「いや、そんな状況味わった事ないけど」

ハハッ。
自分の考えのくだらなさに力無く笑う。
自分で自分にツッコミをいれられるあたり、まだ私は理性的な方かもしれない。…ただ単に、奇想天外な状況に現実逃避しているだけかもしれないが。


「とりあえず…此処は何処だって話だよ」

ふかふかのベッドから降りて、勉強机の前に立つ。自称神様の言っていた説明書とやらを手に取れば、下手くそなイラスト付きで『異世界不思議発見!苗字名前トリップ紀行』と書かれた表紙が目に入った。


「…ムカつく」

あまりにふざけたタイトルに思わず破り捨てたくなったが、これがなければ此処が何処かもわからなくなってしまうので我慢する。ページをめくってみれば、先程神様が言っていたように、トリップ期間中の私の身の安全についてや生活環境、金銭面での保障について記されていた。


「…なんだかんだで至れり尽くせり?」

見た感じは綺麗で広い家だしお金の心配もしなくていいみたいだし、流された感は否めないにしてもこの異世界トリップとやら…中々楽しいのかもしれない。

段々と乗り気になってきた私であったが、ページをめくった瞬間に、自分自身の目を疑った。



――貴女のトリップ先はテニスの王子様の世界です。



「……は?」



――貴女は中学三年生(15歳)となり、氷帝学園中等部に通う生徒です。



「え、」



――貴女は×月××日付で氷帝学園へと編入する事になっており、編入に関する必要事項は以下の通りになります。
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懐かしい響きの単語に頭がくらくらした。
どうやら自称神様の寄越した楽しい世界とやらは、私の想像したものとは随分違ったらしい。

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