春の嵐


「とても!」

「よい!」

「天気だー!」


何処がだよ!なんて。そんなツッコミはこの女には通用しない。馬鹿のように大口を開けて、ついでに窓も全開で、吹き込む風の強さといったらない。クラスの連中のプリントやらなんやらは舞い上がるし、雨だって遠慮なく吹き込むし、いい加減にしろと言って窓を閉めたら俺の方が馬鹿と罵られてしまった。


「なんで閉めちゃうの!?」

「お前は教室を荒れ地にするつもりか?」

つまんないの。
頬を膨らませる苗字は、窓際の自分の席になだれてふて腐れるような顔をしている。外を眺めている視線は最初こそは不満げだったものの、強い風に吹かれる木々や轟々と鳴く雨音につられて次第にきらきらとまばゆい光を灯し始める。ああ、これはまた面倒なことになるな。苗字は勿論、俺のそんな期待を裏切る訳もなく。


「ジャッカル!教室が荒れ地にならなければいいのよね!」

クリーニングから返ってきたばかりらしい、パリッと清潔なブレザーを翻して教室から出ようとする苗字に、手を伸ばすも紙一重。ひらりと駆け出す様は奔放で、まるで蝶か何かみたいに可憐と言えなくもなかったが、その実苗字は正真正銘の向こう見ずで、加えてとんでもない馬鹿だった。知り合ったのが小学校5年の春だから、かれこれ4年来の付き合いになる。出会った頃には既に今の無鉄砲馬鹿の頭角を現していて、危険に対して無知な分今よりも余計に無茶苦茶な奴だった。そんな苗字に何故か懐かれたのが俺で、雛鳥というか子犬というか、事あるごとに俺はこいつのお守りをする羽目となった。考えてみれば、よくもまあ4年もこの無鉄砲馬鹿に怪我ひとつさせず(させられず)にやって来れたと思う。


「おい苗字、何処行くんだよ?」

「屋上!」

「やめとけって!」

「やだ!」

ああもう。漸く捕まえたかと思えば頑として言う事を聞かず、腕を掴んで離さない俺もろとも屋上に行くくらいの勢いで足を進めようとする。勿論、そこには男女の力の差というものが歴然と存在する訳で、仮にもスポーツをやっている俺が苗字に力負けする訳もなくて。ばたばたと足をばたつかせる苗字は恨めしげな顔をして俺を見上げた。


「もうっ!なんでジャッカルは私の邪魔すんのよ!」

「今日の天気で外なんか出たら風邪引くだろーが」

「だって、嵐が大好きなんだもん…」

大好きなんだもん、じゃねえよ。
しょぼくれてしまった苗字は、それでも外に出たそうにちらちらと窓の方を窺っている。…全く、もう。


「…ちょっと来い」

「えー?」

腕を引いて連れてきたのは先程大惨事を演じた教室で、クラスメイトの奴らは保護者保護者と感心しているのやらからかっているのやら、判断に迷うような視線を送ってくる。自分の席まで戻り、鞄の中をまさぐる。目当ての物を見付けて苗字に手渡せば、しょぼくれていた子犬はすぐにきらきらとした笑顔になった。


「流石はジャッカル!伊達にコーヒー豆やってないじゃない!」

「はいはい、ホラ屋上に行くんならそれ着ろよ」

「うんっ!」

鞄に入っていた、薄い水色のカッパを着た苗字はくるくると回りながら教室を飛び出した。クラスメイトの一人に、なんでカッパを持ってるのかと問われた。溜息。


「たまたま入ってたんだよ」

…既に一度、嵐の日に外に出たいと駄々をこねられ済みなのだ。


再び鞄に腕を突っ込んで、大きめのタオルを掴んで俺も教室を出る。少し遠回りをして、自販機でホットココアを買っておく。屋上に繋がる階段を見上げれば案の定扉は全開で、吹き込む風雨で辺り一面が水浸しだった。強い風に煽られ、扉が壁と頭突きを繰り返してガンガンとやかましい。そのやかましさに負けないくらい、苗字の奇声がこだましていた。そっと扉の傍まで寄って外を窺えば、苗字はくるくるくるくると舞っていて、体重がないものだから風に煽られる度にヒヤッとするもコケたりするそぶりはない。…まあ、もしコケそうになった時はすぐに駆け出して、受け止めてやればいい話だ。
暫く楽しそうに回っていた苗字は、ふと俺の存在に気付いたらしい。大きく手を振りながらこちらに駆けてきた。


「ジャッカルー!ジャッカルも遊ぼうよ!楽しーよ!」

「遊ばねえよ!」

「なんでー………おわっ!?」

「!」

俺の居るところの一歩手前、足を縺れさせた苗字はカッパを翻して体制を崩した。思わず駆け出しかけた俺だが、逆に苗字の小さな身体のほうが飛び込んで来る。ふわりと重力にしたがってカッパが垂れ下がり、驚いたような顔が俺を見上げた。


「…コケた」

「ああ、馬鹿」

「でもやっぱりジャッカルが受け止めてくれた!」

「やっぱりって、お前…」

「私、ジャッカルが受け止めてくれるの知ってるから走れるのよ!だって、いつもそうでしょ」

「…もし俺が様子見に来てなかったら、お前このまま階段下まで落っこちてたぞ」

「ジャッカルは来るよ」

疑うことを知らない目をしていた。
そりゃあ、目を離したら何を仕出かすかわからないから、何時だって傍に立っているけど。躓いたら助けられるように隣に控えているけど。こんなにも真っ直ぐに信頼されているとは思わなくて、つい抱き留める腕に力を篭めてしまった。ジャッカル痛いと言われて慌てて離す。代わりに、手摺りにかけてあったタオルを手渡した。


「…カッパ着てるのに濡れてるじゃねえか」

「そりゃ、嵐だもん」

悪びれもしない苗字の髪を拭いてやりながら、ついでにホットココアを手渡す。好物を手にして、まるで子供のように喜ぶ。カッパを脱がしてやって、クリーニング早々濡れてしまったブレザーの上から俺のブレザーをかけてやった。小柄な苗字の肩には大きく、不釣り合いだ。こんな馬鹿でもやっぱり苗字は女だった。


「あはは、紳士みたい」

「苗字に風邪引かれても困るからな」

「流石は私の将来の旦那様」


ガツン。
石で頭を殴られたような衝撃が走った。


「だ、だだだん!?」

「あれ、言ってなかったっけ?私ジャッカルの事大好きなんだよ?てっきり付き合ってると思ってた」

「初耳だ!」

「えー、そだっけ。じゃあ改めて、ジャッカルのことが好き!私をジャッカルの彼女にしてください!」


ああもう。俺は一生、この無鉄砲馬鹿に振り回される運命らしい。

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