ヒーローは礼を聞かない


昔っから暑いのが苦手で、太陽に炙られるとすぐに意識が遠退いてしまって、道端で倒れて救急車を呼ばれた事もある、そんな私。
だから夏が嫌いで嫌いで、5月も後半になると気が滅入っちゃう。周りの皆は海だプールだバーベキューだと楽しそうにしていて、ほんっとうにあんなジリジリと照り付ける太陽の下でよくもまああんな風に動けるものだと感心さえする。
そんな私。


(…が、なんでこんな常夏の島に引っ越さなきゃいけないの)

砂浜はどこまでも白く、海の色はエメラルドグリーンからターコイズ、コバルトブルーへとその表情を千々に変えてきらきらと瞬く。生い茂る熱帯樹は太陽の恩恵を浴びて空に枝葉を伸べていた。

常夏の島、沖縄。


親の転勤なんてありがちな理由で日本の最南端までやってきた私は、木々の影に座り込んで力無くきらきらとまばゆい世界を眺めていた。


(これは、かなりヤバい)

転校初日、新しい学校に向かうその道中。早速やってしまったと思うがもう遅い。
身体は熱いのに指先が妙にひんやりしていて、足に力が入らない。いつもならばこんなにひどいことにはならないのだけれど、本州とは比べものにならない沖縄の日光と転校によるストレスは思った以上に私にとってストレスの元だったようだ。
眩しすぎる世界のせいで心なしか耳鳴りまでしてきたので、自分の膝に視線を落とす。新しい制服は、すでに砂で汚れ皺になってしまっている。…木陰を求め、膝立ちではいずり回ったからだ。


(最悪だ…)

もう、泣きたいくらいに最悪だった。




「やー、そんなとぅくるで何してるんばぁ?」

「!」

突然かけられた声に、ゆるゆると顔を上げる。視線の先には同じ年の頃の男の子が立っていて、もしそれが普通の、真面目そうな男の子だったならば助けを借りようと思ったのに、嗚呼神様、どうして。


「あい?よく見たらやー、わったーの学校の制服やっし」

どうして現れたのはこんな不良っぽい雰囲気の男の子なんですか。
金髪はきらきらきらきら太陽を反射して最早喧しいくらいに眩しいし、顔はいいけど目付き悪いし、っていうかもう登校時間はとうの昔に過ぎているのにまだこんな所をほっつき歩いているし…。とにもかくにも最悪だった。


(このままどっか行ってくれたらいいのに…)

私の切実な願いも届かず、不良君は私の元へとやってきてしまった。


「…くぬ辺では見ねーらんチラぐゎーやさ」

近付く顔はアホかと言ってやりたくなるくらいに整っていて、遠目には不良っぽくしか見えない金髪もよく見たらサラサラのツヤツヤで寧ろ地毛みたいに綺麗で、とは言っても態度とか声とかはやっぱり不良みたいで、逃げ出せもしない私はただ彼の聞き慣れない言葉に黙っているしかなかった。

不良君は無遠慮に私の顔やら身体やらを眺め回した後で合点のいったような顔をして、口を開いた。


「もしかしてやー、今日わったーの学校に転校してくるっていう奴かぁやぁ?」

「……え、と」

「んあー、わんは沖縄比嘉中3年の平古場凛」

「き、今日から…比嘉中に転校してきた名前苗字、です…」

…何でこんな所で自己紹介してるんだよ。
ツッコミたくなったが、私の口からはか細い声で宜しくお願いしますとお決まりの文句が零れ落ちただけだった。
平古場君とやらは、また無遠慮に私を眺め回した後で首を捻り、こんな所で何してるとまた最初の質問を繰り返した。


「…日光が…暑くて、少しクラッと…」

「…はんっ」

「え、」

何、今鼻で笑われた?と、言うか現在進行形で馬鹿にされてる?
平古場君の馬鹿にしたような目付きの意味がわからなくて呆然としていると、彼は嘲笑的な顔をして言い放った。


「これだからやまとんちゅーは情けねーらん。うちなーんちゅならこれくらいの暑さでバテねーらん」

聞き慣れない単語が入り混じっていたせいでハッキリとはわからなかったが、どうやら彼は私が暑さでバテた事を馬鹿にしたようだった。
…暑さが苦手で、何が悪いというのだ。
私だって好きでこうしてへたり込んでいる訳ではないというのに。私だって皆と一緒に夏の楽しみを謳歌したいというのに。どうしてお前なんかに馬鹿にされなきゃならないというの。言いたい事は山とあったのに、何一つ唇には乗らずに喉の奥につかえてしまって、私はただ平古場君を睨むだけだった。
平古場君はフンと鼻を鳴らし、立ち上がって私に背を向ける。そうだ、そのまま立ち去ってしまえ。もう私に顔を見せるな。馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿。




「………うり」

「な、何」

「乗れってからあびてぃるんだしよ」

すぐ目の前にしゃがんだ背中と、背中越しの声に言葉を失う。どうしていいのかわからずにジッとしていると、苛立ったような声ではやくと言われた。訳もわからないままに首に腕を回して背中に体重を預ければ、ふっと重量から解放された気分になって、それからしばらくの間、平古場君の歩くスピードに合わせて小さな振動が私を揺らした。
夏の太陽と背中の体温は容赦なく私を熱したけれど、もう眩暈は起こらなかった。…吹いてきた風に靡いた柔らかい金髪が頬に触れた時は、別の意味でくらりとしたけれど。


所謂おんぶをされた状態で学校まで連れていってもらって、そのまま職員室まで案内してもらう。平古場君は乱暴にドアを開けて転校生が来たとだけ告げれば私の方には見向きもせずに立ち去ってしまって、お礼を言う間もなく私は彼とお別れになってしまった。
あまりに遅くて心配していたという教師に道に迷ったと適当な言い訳をしながら教室まで行って、もし平古場君と同じクラスだったらお礼を言ういい機会になったのだけれどそんな事もなく。クラスメイトにはそれなりに歓迎されて、私はこの南の島でなんやかやと忙しくも充実した夏を過ごす事となった。

はずだったのだが、




(…やっぱり暑いのは苦手だ)

この熱気だけはどうしても私を蝕みたいらしい。
できるだけ激しく動かないようにしたりマメに水分を取るようにしていたのに、ついにやってしまった。
転校してから一週間程が過ぎた日の事だ。昼休みに少し中庭に出たら例の如く眩暈が来てしまって、今私は中庭の隅、目立たない気の下でへたり込んでしまっている。…情けない。もう昼休みも終わりに近く、5限を告げるチャイムが鳴ろうかという時刻だが、力の抜けきった足は動かせそうもないく、ただ大きな溜息が漏れた。
仕方ないからもうこのままサボってしまおうか、と諦めモードに突入したところで、



「またやーかよ」

「!」


どうしてこう、私がピンチの時にいつも現れるのはこの男なのだろうか。


「なっさけねーらん」

「…平、古場君」

突然中庭に現れた平古場君は不機嫌丸出しといった顔で私を見下ろしていて、それが如何にも馬鹿にしたみたいな表情だったから文句の一つでも言ってやりたくなったけれど今回のは私の不注意だし、何より一度は助けてもらっている恩人だから…と、グダグダ考えている内に何も言えなくなってしまった。黙って見上げていれば平古場君は一瞬形容し難い顔をして、それが何を意味するのかは解らなかったけれど、問い質す前に彼はいつかの様に私に背を向けて腰を下ろす。


「…い、いいよ、悪いよ」

「かしましい。へーく乗れ」

「今日は歩けないほど酷くないから…」

「えぇ?」

「…わ、わかったよ…」

なんという眼光。折角格好いい顔をしているのにその態度といい表情といい、完全に不良だ。
あまりに平古場君が恐い顔をするものだから、私は大人しく背中を借りる事にした。…態度は最悪なのに立ち上がる動きとか歩くスピードとか、振る舞いには彼の気遣いが見て取れて、これがツンデレってやつなのかなぁ…なんて、少しズレた事を思う。


連れて来られたのは保健室で、中に居た先生に私を預けると平古場君はまたさっさと踵を返してしまった。また礼を述べられずにお別れになっちゃうのかな、なんて。そんな殊勝な事を思った訳ではないとおもうけれど、私の手は咄嗟に立ち去ろうとする平古場君の腕を掴んでいて、驚いて振り返った彼以上に驚いているのは腕を掴んだ張本人の私で、


お互い言葉もなく見詰め合うこと数秒。



「……しわんかいなるから、無理さんけー」


「へ?あっ…」

私が何か反応する前に、平古場君は歩いて行ってしまった。彼を引き留めたはずの右腕は中途半端にぶら下がっていて、私はただ小さくなってゆく金髪を眺めているしかなかった。



…どうやら私のヒーローはありがとうを聞き届けてくれるつもりはないらしい。

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