補色的極彩色の世界


夏は嫌いじゃない。

暑いしベタベタするしむやみに疲れるし、夕立なんかが降れば理由もなく裏切られたような気分になる。
でも、嫌いじゃない。

世界がエネルギーに溢れてて力強くて、私も活性化される気がするのだ。そんな世界の中でも一際力強く鳴く蝉は煩わしくも思うけれど、それくらいがやがやとしていてくれた方が"らしく"て好きだ。


そんなくだらない事をつらつらと考えている今は、授業中。授業中、なのだが…私は今、体育館棟の屋上にいる。

つまり、サボりだ。


体育館棟の屋上にはプールがあって、その水面があまりにきらきらと煌めくものだからついつい見とれてしまい、もうそこまで来ている夏に思いを馳せていた。
更衣室の建物の陰で、無為に水面を眺める。時折吹く風に揺られて小さな音を立てる水面は、きらきら、きらきらと私を誘う。

プール開きも目前とあって、掃除された直後のプールに湛えられる水はどこまでも透き通っていて綺麗だ。


(足、浸したいな)

怒られるかな…とは思ったが、解放前のプールに忍び込んでいる時点で見付かれば怒られるのは明白だ。それならば少しくらい楽しんだって悪くはないだろう。


(ま、見付かればの話だけどね)

私は居心地のいい陰から抜け出していそいそとソックスを脱いだ。途端、スカートのポケットの中で携帯が震え出す。


「…誰だろ?」

短い着信を伝えてすぐに静まったあたり、届いたのはメールだ。



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From:清純
Sub:教室に居ないけど
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どこに居るの〜?
あっもしかして、サボリ?


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怒った顔のような絵文字を語尾に沢山つけて送られて来たメールに思わず吹き出す。
沢山並んだ同じ顔が同じ動きをしていると、この上なく気持ち悪い。


幼なじみの、この馬鹿みたいなメールの癖はいい加減に治させるべきかな。

そんな事を考えながら、私は手早くプールにいるよと返信した。

少し考えて、もう一通、清純もくる?と送った。











「名前っ!」

「あれっ早かったじゃん」

思っていたよりも早くかかった声に振り返れば、声の主は思った通りの人物。パシャパシャと行儀悪く水を跳ね上げながら携帯を確認すれば、メールを送ってからまだ10分も経っていない。




「保健室に行くって言って抜け出してきたんだよ。それにしたって、名前だけこんなとこで気持ちいい思いしてるなんてズルイなぁ」

「羨ましいでしょ」

そう言ってドヤ顔をしてみれば、清純は直ぐさま頬を膨らまして冷たい水を掬い上げ、あろうことか私に掛けてきた。


「ちょっ…今制服なのにこんな事する!?」

「いーじゃない、これだけいい天気ならすぐに乾く乾く!」

悪気もなく笑う清純に、仕返しとばかりに水を掛けてやれば、何するんだよとまた笑う。
…エネルギーたっぷりのその笑顔は、明るい色の髪も相まって私の大好きな夏そのものだ。


私達はしばらくの間、浜辺のカップルみたいに水を掛け合って遊んだ。









「…………………」

「…………………」

「これだけいい天気ならすぐに…」

「うん、乾かないよね明らかにね」

「あーもー名前が調子に乗るからー」

「は?やりだしっぺは清純だし!」


やんややんや。
全くもって無意味な責任のなすりつけ合いをするが、どちらとも重大な事と思っていないのは明白だ。証拠に、私も清純も口角はにやにやと上がってだらしない。


「なーんかさー」

「うん」

「こんだけ濡れたら…もうどうでもよくない?」

「うん…て、名前、もしかして…」



「道連れじゃーーー!!」


徐に清純の手を引いて背中からプールにダイブすれば、いきなりのことに反応出来なかった清純が叫び声を上げた。

上げられた叫び声は、すぐに水に呑まれて掻き消えた。


空気とは違う質量に圧迫されて、肺に負荷がかかる。コポリと小さな音を立てて気泡が一つ、口から零れた。白いスカートがゆらりと青い水の中に広がる。

水面は太陽光を乱反射していてまるで光のヴェールだ。眩しさに目を細めれば、直ぐに頭上に陰がさした。
眩しさが半減したと思って目を開けば、たなびくオレンジ色がやっぱり光を反射するので余計に眩しかった。

手を握られて、抱き寄せられて、成すがままに水面から顔を出す。途端にクリアになった聴覚にまず初めに飛び込んできたのは、清純の非難するような声だった。


「もう、ホント名前は昔っから無茶苦茶ばかり…そんなんじゃ嫁の貰――――」

非難する声は、最後まで聞かなかった。

えいっと掛け声と共に体重をかけて、再び清純を水中に沈める。


青い水の中で揺らめくオレンジ色がたまらなく綺麗で、私は浮力に従って近付く唇にそっと自分の唇を重ねた。




悪戯に、ぷうっと息を吹き込めば激しく噎せた清純に後でたっぷりと叱られた。



そしてその声を聞き付けた体育教師に、今度は二人してコッテリと叱られた。

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テーマ「人外ファンタジー」
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