世界でいちまんちゅらくとぅば


「かーいーっ」

学校にあいつが来ないのはあいつのせいで、それを探すのは俺の仕事。
そんな馬鹿なことがあってたまるかよ。たかが幼なじみ、それも小学生になるかならないかで離れた程度の。言ってしまえば同じく幼なじみだった木手は転校しちまった俺よりもあいつとは付き合いが長い訳で、今はお互いテニス部員だし、部長と副部長だし…絶対、俺なんかよりも木手のほうが適任だ。そう思うのだが、何故か俺は今日もふらふらとして学校に現れないあいつを探して回っている。と、いうのも何故か俺はあいつを見つけ出すのが誰よりも早いのだ。いや、俺の探すところにあいつが現れる、と言ったほうが正しいかもしれない。だって、俺は未だかつてそこにあいつが居ると確信をもって探しだした事がない。あるときは草深い原っぱから頭に沢山葉を付けたあいつと遭遇し、またあるときは隣の家のばあちゃんちでさとうきびかじってた。よく動物になつかれる奴で、そういう時は大抵野良の犬猫をお供に連れている。だから、動物の近くを探せば見付かるのだとかなんとか、それを目印に探すけれどそういう時に限って動物とは関係のないところから出てきたりする。俺にはあいつの行動原理は解らなかったが、それでも俺は誰よりも沢山あいつを見付けた。


「甲斐ー馬鹿甲斐ー」

「あ、苗字やっし。ぬーしとんばあ?」

ほら、今日も。
今日は浜辺に来ていたらしく、甲斐のふわふわな茶髪は潮風に吹かれていた。お前を探しに来たんだよと言えば、解ったような解らないような顔をして苗字は苦労症だと言われる。原因はお前だよ、馬鹿。甲斐の座っていたのは丁度椰子の木の影で、隣に並んで座れば存外に潮風は涼しく、成る程これは学校なんかには来れない訳である。


「甲斐、今日朝練きてなかったろ?晴美すげえ怒ってたぞ」

「じゅんに?あー部活行きたくねえー…」

「馬ー鹿」

頭を抱えて呻く甲斐の、帽子を取って俺が被る。髪が多いから帽子もブカブカだと思っていたが、存外そうでもなかった。俺の頭がでかいのか、それとも甲斐が小顔なのか。帽子の戒めが解かれた甲斐の髪は、いよいよ潮風に吹かれて広がる。去年はまだ黒髪だったっけ、イメチェンとか言って急に茶髪犬っ毛で学校に来た時には盛大に笑った。昔っからさらさらで綺麗だったこいつの髪が好きだっただけに、急なイメチェンは多少なりとも俺を落ち込ませたりしたが、ふらふらと落ち着きのないコイツに合わせて動き回る柔らかい髪は中々似合っていたし、悪くはなかった。


「…名前」

「何、唐突に」

「昔は名前で呼んでたさー」

「あー、そうかも。まあガキの頃のことだけどな」

そう、昔は裕次郎って呼んでたんだっけ。6歳になる前に東京に越して、そこから7年。久しぶりに帰ってきた俺には甲斐の事を裕次郎と呼ぶのは気恥ずかしく、また甲斐も俺を名前では呼ばなかった。それを唐突に、どうしたのだろうか。試しに俺も裕次郎と口に出してみれば、奴は気持ち悪いと笑って腕をさすった。二人してお互いの名前を呼びながら、ひとしきり笑ってしばらく。俺達は、久しぶりにガキの頃みたいに笑い合った。


「つーか、もう三限目入ってんじゃん?俺も裕次郎と一緒にサボっちまった」

「ゆたさんゆたさん」

「…裕次郎、出席率ヤバいって知ってた?」

「じゅんに!?」

「じゅんにじゅんに。遅刻しすぎ」

何の気無しに口をついて出た故郷の言葉。裕次郎は目をまるくして、名前のうちなーぐち聞くのは久しぶりだとか言って笑ってる。ごく自然に、呼吸するように呟いたうちなーぐちは、何年ぶりとかいう時間をなくしてしまった。東京に行って、言葉が通じなくて、必死こいて覚えた標準語。7年かけて覚えたやまとぐちをこちらへ帰ってからも使っていたのに理由はない。ただ、改めてうちなーぐちに戻すのも面倒というそれだけだった。けれど、紐解いて改めてうちなーぐちを口にすれば懐かしい言葉はなめらかで口当たりよく、そして何よりも裕次郎がこんなにもうれしそうにしている。俺がうちなーぐちを喋っただけでそんな大袈裟な。見えないしっぽが左右に揺れているのを幻視しそうだ。


「名前にはやまとぐち、似合わねーらんとうみたん!」

「そうかあ?俺、覚えるためにすげえ勉強したんだけど」

「あっはは、やめれー」

わざと標準語を強調する口ぶりで喋れば裕次郎は腹を抱えて笑う。今度はうちなーぐちで笑うなよと言えば裕次郎は嬉しそうに笑う。コイツ、中身子供のままなんじゃねえのってくらい無邪気に喜ぶのが面白くて、笑わせたり笑ったりして時間をつぶした。制服姿の、それもあまり真面目そうでない人相の男が二人、女子のように喋ってはけらけらと笑っている姿はかなり異様だったろうが、まあ楽しいんだから構わない。もう午後の授業は始まっていて、日の向きも変わって俺達のいるところは椰子の木の恩恵からはみ出してしまっているが、どちらとも戻ろうとは言い出さなかった。


「あーうちなーぐちあながちさん」

「ぬーや喋らんかったんばあ?」

「んー、めんどくさかったんさー」

「あい?」

裕次郎の犬っ毛をくしゃくしゃと撫でる。そういえばまだコイツの帽子、俺が被ったままだったっけ。赤いキャップを返してやればふわふわの髪は押さえ付けられてしまって、しまった、返さなければよかった。顔もよく見えない、髪もそよがない、それは少し残念である。もう一度奪い返そうかと思ったところで、帽子の鍔から覗いた目と目が合った。


「名前、」

「あい?」


「けーいみそーち」

「あー、うん。なまちゃん」


世界で一番美しい言葉だと思った。

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