※神尾→杏ちゃん前提です





俺が、誰よりも早くアキラの恋心に気付いたのは必然だった。

九州から転校してきたとかいう女子に目を向けるアキラの表情が一瞬にして変わったのは一目瞭然で、なんでそんな事を知っているのかと聞かれれば俺は転校生なんかそっちのけでアキラを眺めていた訳で、


つまりは俺は、アキラが橘に恋するよりもずっとずっと先に、アキラに惚れていた訳だ。


もちろん、男が男に惚れるってのが一般的にヘンだってのは解ってるけど、そんな事はどうだっていいんだ。俺はアキラにこの思いを伝える気は更々なかったし、俺がそんな風に悠然と眺めていられる位に、アキラはテニスだけを見詰めていたし。


でも、その均衡は一瞬で崩れてしまった。

橘は、兄貴がテニスをしているらしく、すぐにアキラ達と打ち解けてしまった。勿論俺も以前からアキラ達とは仲が良かったし、自然、俺とアキラと橘で談笑したりすることも増えた。

橘の隣で笑っているアキラの頬が他の奴と居る時よりも赤かったり、時折幸せそうに目を細めてみたり、そんな表情のアキラはとても可愛かったが、惜しむらくは隣に居るのが橘だって事だ。


悔しかったり悲しかったりしない訳ではないが、男でありアキラにとってはただの友人である俺が橘に敵う訳もない。
いつだって、馬鹿みたいにへらへらしながら、橘の隣に立つ可愛いアキラの顔を見詰めてはヒリヒリと胸の内を焦がすのだ。


俺が女だったら、こういう時はひっそりと泣き濡れるのだろうか。アキラを想って、一人泣くのだろうか。
それとも、私に振り向いてと縋るのだろうか。

残念ながら、俺はそれほど感情的にも行動的にもなれない。ただ、笑いながら胸を爛れさせるだけだった。




「あ、杏ちゃん、もう遅くなったから俺が家まで…」

「ううん、兄貴が居るから大丈夫!ありがとね、神尾くん!」

「そ、か…」


補習のプリントを片付けながら、開け放した教室の窓の外に耳を傾けていれば、夕暮れの風に乗ってそんな会話が聞こえてきた。
外を覗くと、校門のほうへ駆けて行く橘の後ろ姿と丁度窓の真下に取り残されて肩を落とすアキラの姿。


(…断るなら俺に代わってくれっての)

…ずるいなあ。
心はチリッとまた一つ爛れるが、反比例するように俺の顔は意地悪い笑みを象る。


「アーキラッ」

「!…な、名前…!」

「フラれてやんのー」

「覗き見とか趣味悪ィぞ!」

ヘラヘラと笑う自分の声を、冷静な頭はどこか遠くで聞いている。憮然とするアキラの顔は、フィルターがかかったみたいに朧げだ。


軽薄な態度でアキラと会話する俺に、俺の心は置いてけぼりだった。


「まーまー、俺が慰めてあげるからさっ」

「いらねーよ!」

「そういわずにさー?たまには一緒に帰ろうぜ?」

「…このタイミングで男二人とか虚しいだけだろ」

「細かい事は気にしない気にしない!いますぐそこいくから、待ってろよ!」

アキラの返事も聞かず、鞄を肩に掛けて教室を飛び出した。補習なんかそっちのけだ。リズム良く二段飛ばしで階段を下りる俺の足は、軽やかというよりは完全に空回っていた。
適当に靴を引っ掛けて窓の下まで駆ければ、律儀にアキラは待っていた。


「名前、人の返事も聞かずに――」
「のあっ!!」

「!?」

乱雑に履かれたスニーカーが絡まって、アキラの二歩手前で躓いた。
躓いた―――と、いう事にしておく。


勢いのままにアキラに飛び付いた。俺よりも少し背が低くて華奢な身体は、けれどその勢いに負ける事なく踏み留まる。俺は、細い背中を力いっぱい抱きしめた。


「おい、名前…」
「アキラ」

「なに…」

「今から言うこと、聞かなかったことにして」

は?
疑問符を上げるアキラに重ねて乞えば、訳が解らないながらも頷いた気配がした。


「俺な…」

「うん」

「ずっとな…」

「うん…」

「アキラの事な…」

「…………………」


肌触りのいい髪を絡めるように、抱きしめる。この感触を忘れないよう、力いっぱい。けれど、壊してしまわないように。

後悔しないように。














「………………キタローにソックリだと思ってたんだよなあ!」



「……、は?」


数瞬の間の後、間抜けた声を上げるアキラを離してキタローだよキタロー!と、笑えば、アキラは眉を寄せて怒ったような、困ったような顔をした。


「おい、名前」

「なぁに、キタロー」

「お前っそん」
「アキラ」

「……………」



「橘、次は上手く誘えたらいいな」


アキラは釈然としない顔をしているけれど、お前にはそんな顔は似合わない。幸せそうに笑ってろ。笑ってろよな。


「……名前は…」

俺は?
俺は、そうだな…

泣き濡れることも縋ることも出来そうにないから、せめて凛と立つことにしよう。
アキラに情けない姿は見られたくないからさ。





そう決めたから久しぶりに俺は心から笑えたのに、アキラは何故か、いまにも泣きそうな顔をした。

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