誘った


「明日、部活を見にこんか」

そう問い掛ければ、名前は一瞬不思議そうな顔をしてからすぐに眉を寄せて、面倒だから嫌だと言った。

金曜日の帰り道の事である。


「なんで」

「だって明日休みだし」

「休みだって彼氏に会いたいとは思わんのか」

「だって学校行きたくないし」

「学校とは言っても、見に来るのはテニスコートじゃ」

「だって女の子のファンいっぱい居るし」

それが本音か。
女の子、と言った時だけ盛大に歪んだ顔を見て、真意を知る。


(まあ、週末は他校の女もようけ来るしのう…)

この間くるくる茶髪共に嫌な目を見せられた手前、更に沢山の女共の中に混じるのは心地好くないだろう。それに名前は面倒な事を嫌うし。俺も、ただ単に思い付いただけの事なので無理に誘うつもりはない。
ならばやめておくかと呟いた。


「…でも、」

「ん?」

「ちゃんと座って見学できて、危なくない所で、雅治君が良く見える所だったら見に行ってもいいよ」

俺を見上げて言う名前の目からは、真意を汲み取れない。視線だけで何故と問えば名前は笑った。


「一度、雅治君がテニスするとこを見てみたかったの」

雅治君のこと、もっと知りたくなっちゃった。


楽しそうに目を細める名前は猫のようにくるりと踊って、俺の視線を絡め取った。西日を反射する黒髪からほのかにシャンプーの匂いがして、気付けば俺は名前を抱きしめていた。


「よかよ。俺のテニスしちょるとこ、一番近くで見ててくんしゃい。俺んこと、もっと知って」

心臓の辺りから、喉元に熱い何かが込み上げる。それが何なのかがサッパリ解らなくて、でも、初めて名前の事を、……


名前との奇妙な関係が、惜しいと思った。











土曜日の朝だというのに、どうしてこうも女の子達はわざわざ学校に来るんだ。解せない。


…今、校門の前に立つ名前の考えていることは、恐らくそんなところだろう。
眉を寄せて険しい顔をしている名前は、不快感を隠そうともしなかった。


「…おはよう、雅治君」

おはようと言う声も、一段と低い。



テニスコートの周りには既に多くの女子生徒が群がっていて、それぞれにお目当ての選手を見付けては黄色い声援を送っている。中には他校の生徒も混じっていて、ごちゃごちゃと入り混じる女達は一塊となってテニスコートを囲っていた。

俺は、名前の手を引いて観客席へと向かった。そこは一般には解放していない所なので女共は居ない。代わりにクーラーボックスやらタオルやら部員の荷物やらが置かれていて、要するに物置場として使われていた。
その観客席の一角、テニスコートに近くて女共の群がるフェンスからは遠くて、かつ日陰になっている絶好のポジションに名前を誘う。
此処に座って見ていろと言えば名前もお気に召したのであろう、緩く微笑んでそこへ腰を降ろした。


幸村の号令がかかって、それぞれにアップしていた部員がコート中央に集まる。
俺も、名前にそれじゃと言い残してコートへ向かった。

背後から聞こえた頑張ってという声が、なんだかこそばゆい。







今日の練習メニューを順調にこなし、休憩に入る。ドリンクを飲んで居れば、柳生が話し掛けてきた。


「仁王君、今日は調子が良さそうですね」

「まあの」

「原因は彼女ですか?」

彼女、と言って柳生が指し示す先は、丁度名前の座っているあたり。なんじゃ、知っとったんか。問い返せばしれっとした顔でパートナーですからと返された。


(…調子がいい、か)

自覚はなかった。確かに今日は身体が軽いとは思っていたが、柳生の言うような理由とは考えてもみなかった。
何と言っても偽彼女。本当の彼女(という肩書だけで、俺にとってはそこいらの女と変わりはなかったが)が見に来た時ですら、俺の態度は変わった事などないのに。パートナーとはいえ柳生に指摘される程に俺を変化させる、名前は不思議だ。

頑張って。
名前の声が耳の奥に蘇り、またこそばゆくなる。


むずむずする耳の辺りを乱雑に擦りながら再び名前の座る方へと目を向ければ、いつの間に観客席へ向かったのであろうか、幸村が名前の隣に立っていた。
二人は楽しそうな顔をして話している。


昨日の帰り道に感じた心地好い熱さとは違う、なんだか嫌な熱さが喉元へと競り上がってくる。不快だ。


こんなものは、初めてだった。


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