食べた


何も日光を遮るもののない昼休みの屋上は、初夏の陽射しをもろに受けて熱く照り返っていた。昼食を共に食べるべく屋上にやってきた俺と名前であったが、この暑さの中で食べるのは少し辛い。かといって、互いの教室や中庭といった人の集まる所で食べるのも、嫌だ。
仕方がないので給水塔の裏に僅かに残った陰に二人並んで座れば、そこは存外に涼しく風もあるので居心地が良かった。


「恋人はお弁当も一緒に食べるんだねー」

隣に腰掛け膝の上で弁当を開く名前は相変わらずそんな事を言っている。毎度毎度、俺が何かしら行動を起こす度に新鮮そうな顔をする名前は本当に面白い。
雅治君はお弁当何?と問われ、くわえていたゼリー飲料のパックを指させば名前は一瞬キョトンとした後で眉を吊り上げた。


「まさか…お昼、それだけなの?」

「おん」

「持って来るの忘れたの?」

「いいや」

「…………………」

「…………………」

無言の間が、怖い。
例の硝子の視線で、頭のてっぺんから爪先まで舐めるように眺められる。居心地悪い。居心地悪いが、怖くて文句も言えない。
暫くの間蛇に睨まれた蛙状態を味わっていれば、不意に名前が大きな溜息を吐いた。


「好きなおかず食べなよ」

「は?」

「おかず、食べなって。今日も部活あるのにそんなゼリー飲料だけでもつ訳ないでしょ」

そう言いながら、名前は弁当箱をこちらに突き付ける。
決して可愛らしくはないが几帳面に詰められたおかずはどれを見ても美味しそうで、作ったのが名前か名前の母親かは知らないが、その性格が表れているようだ。


「…いらん」

「却下。って言うかね、雅治君は普段からそんな食生活な訳?そんなだから貧相なんだよ君は」

首を振っても素気なく断ち切られ、手首を握られる。名前はホラ見てこんなに細い!と騒いでいるが、名前の手首はそんな俺よりも更に細い。


「貧相言うな。……あんまり食う事を好かんのよ」

「……その食の細さでよく生きて来れたね」

唸るように口を開けば、名前は感心したような声で言った。思案するように、握りしめたままの手首に視線を落とす。
どうしようかな、等と呟く名前は、何が何でも俺に弁当を食ってもらうつもりらしい。


「……口移しで食わせてくれるんなら食うが」

「えっ」

小さな声で言えば、名前は顔を上げる。視線がかち合った途端に何を言っているんだコイツは的な顔をされたが、構わない。唇を指差して催促する。


「口移しじゃ。ほれ」

(いくら名前といえどこれは断念するじゃろ)

別にそこまでして弁当を食べたくない訳ではなかったが、少し名前をからかってやりたくなった。
名前の事だからきっとすぐに冗談じゃないと怒り出すかと思っていたのだが、以外な事に彼女は迷うそぶりを見せた。

そして徐に箸で卵焼きをつまんで、



「…ん、」

自らの唇でくわえて俺の方へと差し出した。


まさかの行動に絶句していると、名前の顔がずいっと近寄ってきた。目が、早く食べろと催促している。
俺は慌てて名前にくわえられた卵焼きを指でつまんで口の中に放り込んだ。


「…あ、」

「んん、中々ウマい」

名前の卵焼きは、ほんのりと甘くて旨かった。
もう一個くれと口を開けば、今度はお握りを詰め込まれた。まさかの攻撃に激しく噎せれば名前がお茶を差し出してくれたので有り難く頂く。


「げほっ…何するんじゃ名前」

「おかず食べたら米も欲しくなるでしょ」

「俺は卵焼きが欲しかったんに…」

小さな声で文句を垂れれば、じゃああげると言ってもう一個の卵焼きも詰め込まれた。…こんな乱暴なはいあーんは初めてだ。


「卵焼き、気に入った?」

「…おん」

「ふーん……」

相槌をうつ名前は解りやすいくらいに嬉しそうな顔をしていて、成る程、この弁当は名前の手作りなのだと確信した。


「明日も、卵焼きあげるよ」

「…ええんか?」

「うん。それだったら雅治君食べてくれるでしょ?」

「んぐっ」

ありがとう、と柄にもなく礼を述べようと口を開いたら、またお握りを詰め込まれた。…やっぱり乱暴だ。
口の中いっぱいの米を無理矢理飲み込んだら、名前が頬に米粒が付いていると言って笑った。誰のせいじゃ。
何がそんなに面白いのか、いつまでも笑いの止まない名前を叩いて黙らせ、飲みさしのゼリー飲料を飲み干す。


(…まずいな)



ゼリー飲料の味気なさに、今食べたばかりだというのにまた名前の焼いた卵焼きが欲しくなってしまった。


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