呼び出された


俺と名前の恋愛ゲームが始まって早数日。流石に俺達に向けられる視線だの飛び交う悲痛な声だのは収まりを見せつつあった。
そのかわり、何処となく不穏な空気が漂いつつもあった。






「……今日の放課後、第3教室に来てくれる?」

俺が、その女子生徒の声を聞いたのは昼休みの事だった。購買で何か飲むものでも買おうと廊下に出れば、丁度階段の陰になって見えないところからそんな声が聞こえたのだ。
何の気無しにそこを覗いてみると、明るい色の髪をくるくるに巻いたいかにもな女子生徒が、もう一人の女子生徒を壁際に追い詰めている。追い詰められた側の女子生徒の顔は、此処からでは拝めない。
俺が足を止めてそれを眺めている間にも、くるくる茶髪はもう一人の女子生徒に詰め寄って何やら口汚く罵っている。


(おー怖)

障らぬ神になんとやら。
女の喧嘩に手を出して録な事になった試しがないので、可哀相な女子生徒には申し訳ないが俺はそそくさとその場を退散することにした。


「あー…わかったから、教室に戻らせて欲しいんだけど」

「!」

しかし、追い詰められた側の女子生徒の、いかにも面倒くさいという声を聞いた途端に、購買へと向かう足が止まった。


(…名前か)

どうやら、くるくる茶髪に追い詰められていた女子生徒というのは名前だったらしい。と、いう事は原因は十中八九俺だろう。どうする、助けに行くべきか。
少し迷ったが、今俺が出て行けば余計に状況が悪化するのは明らかなので、やめた。

名前は変に強いし、大丈夫だろう。
自分に言い聞かせていれば、くるくる茶髪が逃げんなよと言い残して階段の陰から出てきた。見付かりそうになった俺は、慌てて廊下を逆走する。



「………………」

…走り去る俺の背中を、名前が見ていたとも知らずに。








それからというもの、午後の授業は散々だった。5限目の体育では単純なミスを重ねてしまうし(元々真剣にやるつもりはなかったから構わないが)、次の授業が自習になったからとやってきたブン太に、ボタンを掛け違えているといって大いに笑われた。


(放課後、第3教室)

口の中で、その言葉を何度も繰り返す。
俺が向かった所で何ができるとも限らない。それどころか、状況を悪化させることだって有り得る。名前の事だ、くるくる茶髪なぞすぐに言い負かしてケロッとした顔で戻ってくる可能性だって十二分にある。
…けれど、あの危なっかしい所を見ていたら、どうしても行かない訳にはいかないと思った。


(詐欺師が聞いて呆れる)

こんなに必死な自分というのも珍しいものだ。


誰にも気づかれないように、口元に自嘲的な笑みを浮かべた。









「単刀直入に言うわ。雅治から離れて」

茜色に染まる教室に、女の尖った声が響く。

くるくる茶髪一人が名前を呼んだのかと思えば、放課後の第3教室にやってきたのは三人の女子生徒だった。皆一様に派手な髪型に濃い化粧と、いかにもギャル被れている格好をしている。
対する名前は、そんな三人組の格好を見て言葉もない。
教室の扉の陰から見守るその顔は、呆れ返っていた。

三人組は、その沈黙を拒絶と取ったのであろう、声を荒げたかと思えばいきなり名前の頬を張った。
大きな音が鳴り響き、よろけた名前は背後の机にぶつかった。


「何よその態度、超ムカつく!生意気な顔してんじゃねーよ!」

「……っ」

「何か言えよカス!!」

頬を押さえてうなだれる名前に、女はさらに口汚い言葉を浴びせた。名前が、静かに顔を上げる。

凛とした顔。怒りを湛えた目は硝子の様に西日を映し、真っ赤に燃えていた。いつものように綺麗な姿勢で立ち上がったかと思えば、


「!!」

先程女が名前を張った時の数倍程の大きな音を立てて、女の頬を張った。


「……な、」

「………………」

絶句する女共を尻目に、名前はビンタした方の掌を一瞥したかと思えば不快そうに顔を歪め、スカートの裾でぞんざいに拭った。
ファンデーション付いちゃった、という名前の呟きが女共に聞こえていない訳はないが、誰一人として失礼極まりない名前の態度に憤る者は居ない。


「あのさぁ…」

腕を組んだ名前が、女共に向きなおって口を開く。それで我に返った女共が身構え、再び両者の間には緊張が走る。



「それだけバッチリ化粧キメて学校に来る勇気があるんだったら、雅治君の気を引くくらい簡単だと思うけど」

が、しかし。続く名前の言葉に女共は目を見開いた。
…盛大な揶揄とは気付いていないらしく、先ほどまでの攻撃的な空気は霧散してしまっている。


「…ほんとにそう思う?」

「うん、私はそうだとおもうけどね」

なんとまぁ、無責任な発言か。
名前は、自分の立場が俺の彼女であるというのに女共に俺にアプローチするよう促したのだ。厭味以外の何でもない。
解ってやっているならばただの悪女だし、もし自分が何を言っているのか解っていなければそれこそ大悪女だ。

そんな事にも気付かない女共は、自分達の目的も忘れて「頑張ってみるよ」と言い残し去って行った。


(…あほくさ)




「……さて、そこでコソコソとのぞき見に勤しんでいる雅治君」

「な、なんじゃ…気付いとったんか」

「まあね」

こちらを見もせず俺を呼ぶ名前は、最近雅治君の気配を読めるようになったと楽しそうに笑っている。


「…なんで助けに来てくれないかなー」

「自分一人でなんとかしたじゃろ」

「ぶたれたよ」

眉を寄せてこちらを見上げる名前の頬は、確かに赤く腫れていた。そっと触れてみれば、熱を持っている。


「ぶちかえしとったやろ」

「…化粧が手についたからぶっただけ損だった」

「すまんすまん、でも俺は喧嘩は苦手じゃき」

「それでも男か!」

そういって手を振り上げられて思わず目をつむるが、思っていた衝撃は来ずただぺちりと音を立てて頬に触れられただけだった。


「…あの子たち、これから雅治君の気を引きに来るよ」

「…余計な事をしんさって…」

「振るの?」

「俺には大切な"彼女"がおるき」

興味なさげに肩を竦めた名前はあっそ、と言って踵を返した。相変わらずよく伸びた背中は、どこか嬉しそうに見えた。

…きっとそれは、俺の勘違いだ。


(…一瞬、名前が嬉しそうに笑うたように見えたなんてなあ)


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