気になった


初夏の教室は、まだ朝も早いとはいえ少し蒸し暑い。特に俺の座る窓際の席は日光をこれでもかと浴びていて、それはもう最高に居心地が悪かった。…これならば、朝練はなくとも自主的に練習でもしていればよかったかもしれない。
不機嫌にガムを膨らましながら俺は、眼下を登校してくる生徒達を眺める。


「……んあ?」

ふと流れるように歩く生徒達の中に見知った頭を見付けて、俺は思わず声を上げた。…いや、正しくは見知った頭を見付けたからではない。そいつに手を引かれて歩く女を見付けたからだ。


(仁王と……苗字?)

クラスメイトであり部活仲間でもある仁王が取っ替え引っ替え女を連れているのはよく見掛けるが、連れられている女がまさか苗字だとは思わなかった。
謎な取り合わせにポカンとしている内に、仲良さげな二人は校舎の中へと消えて行った。







苗字とは、一年の時に同じクラスだった。そして多分、唯一俺と自然に会話できる女子だ。


入学当初、新たな友達を作らんとソワソワしている生徒達(勿論そこには俺も含まれていた)の中で唯一人、妙に姿勢良く仏頂面でジッと座っている女がいた。根暗な奴か、と思って見ていれば、隣の女子から話し掛けられてとても楽しそうに笑う。
…不思議な空気を持った女。

それが苗字だった。


苗字は、いつも少し特殊だった。
他の女子が誰が格好イイだの彼が好きだの言っている中で一人つまらなそうにそっぽを向いていたり、そのくせ可愛いキャラクターだのの話は楽しそうにしていたり。
思春期丸出しで、男子と微妙な距離を取りたがる女子の中で、むしろ男なんじゃねえのってくらいフラットに俺達に接して来たり。

俺があの有名なテニス部に入り、知名度と女子人気が馬鹿みたいに上がった途端に色目を使い出した女子生徒の中でも苗字は、そのフラットさを変えなかった。

特殊で、居心地のいい女だった。


ある時、気になって苗字に聞いた事がある。「俺の事を男として意識したことないのか」って。…これだけ見れば大層な自惚れ野郎だが、こんな疑問を抱きたくなるくらいに俺と苗字は自然に友達だったのだ。

苗字は一瞬ほうけた後、鼻で笑って肩を竦め(とてもサマになっていた、腹立たしいことに。)言ってのけた。



「私、少なくとも丸井の事女だとは思ってないけど」

何も言い返せなくなった俺に、苗字は重ねて言った。


「…丸井の言う"男として意識"ってどういう意味なの?」

あまりに直接的な問いに、口ごもりながら「だから、恋心とか…」と答えれば苗字は目を瞬かせ、次の瞬間、教室中に響き渡るような声で笑った。


「何それ!あっははは、私が?丸井に?ぶははははははっ!」

「…………………」

あまりの笑いように腹が立ったが、それよりも初めて見る苗字の爆笑にほうけてしまって、俺は本当に何も言えなくなってしまった。
苗字は笑い過ぎて涙を溜めた目元を拭いながら顔を上げ、口を開いた。


「うっはっは、駄目だ、おもしろい……っふふ、私、丸井に限らず男子のことそういう風に"意識"したことないんだよねえ」

「…なんで?」

「だって、男も女もかわんないじゃん」

「……………」

そんなことはない。反論したかったが、苗字が俺を"男子テニス部員の丸井君"としてではなくただの"丸井ブン太"として見てくれているらしい事が妙に心地好くて、やめた。


それ以来、俺の中での苗字名前は、唯一俺が自然に話せる女友達なのだ。






(……その苗字が、)

仁王と。

仁王とも例の如くただの友達なのかとも思ったが、それにしてはあの距離感。仲良く繋がれた手。周りの奴らの反応。


(どういう事だよ?)


他の誰が恋に溺れようと、決してこいつだけは恋したりしないだろうと思っていた苗字の見たこともない姿に、俺は先程までと比べものにならないくらいの居心地の悪さを感じていた。

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