目立った
学生達が忙しなく通学する中、俺は昨日名前と別れた三叉路で一人ぼうっと突っ立っていた。道行く学生達、特に女子生徒がこちらを窺っては悲愴な顔をして去って行くので、きっと昨日の帰り道の件はもう広まっているのであろう。
「雅治君、おはよう。待った?」
「ん、名前か。メールが返って来んかったから気付いとらんと思っとったぞ」
「だって、本文『明日、7時45分に三叉路で待ち合わせ』としか書いて無かったじゃない。返信することなくない?」
「…後ろに『愛してる』って付いてたじゃろ」
「ああアレね。でもどの道返信するようなことはないでしょ?」
「…………………」
そこは、『わかった、また明日ね!私も雅治君の事愛してるよ!』くらい返すものじゃろうが。
言い返してやりたくなったが、そんなメールを送ってくる名前というのもなんだか気持ち悪いので何も言わなかった。
「んじゃ、行くかの」
そう言って手を差し出せば、昨日の事を学習したのであろう。冷たい手が俺の手に重ねられた。重ねられた手を引いて、昨日とは反対側の頬に口づければ、周りの女達がざわついた。
名前はと言うと、これまた心底嫌そうな顔をしている。
「…雅治君」
「なんじゃ。言っとくが、恋人同士ではこれが普通じゃき」
バカップル限定でな、と心の中で付け足しながら早く行こうと手を引けば、名前は胡散臭いと言わんばかりに眉を寄せて俺を見上げていた。
「ねぇ、雅治君」
「なんじゃ?」
特に会話もなく黙々と朝の通学路を歩いていれば、名前がふとこちらを見上げた。
「雅治君ってテニス部員なんでしょ、朝練とかいいの?」
「今日は休みじゃ」
「じゃあ明日はあるんだ。何時から?」
「6時」
6時ぃ!?と素っ頓狂な声を上げた名前に思わずぎょっとする。抑揚のない喋り方をしていたかと思えば急にこれだから、心臓に悪いことこの上ない。
「へぇ、早いんだねー。まぁ全国一のテニス部だからそれくらいするよねえ…じゃあ、待ち合わせは5時15分くらいかな?」
「は?」
「待ち合わせだよ。あっ着替えとかあるからもっと早い?5時?」
この女は一体何を言っているのだろうか。
まじまじと顔を見詰めていれば、首を傾げながら「恋人同士は一緒に通学するんでしょ?」との事。
…確かにそうは言ったが、朝練の日にまで通うつもりは毛頭なかった。第一、一緒に通ったとしてHRまでの時間を名前はどうやって過ごすつもりなのか。
「……朝練の日は別々で構わんじゃろ」
「そう?」
「まぁ…お前さんが辛くないんなら俺は一緒でも構わんがの」
「じゃ、辛いから別々にしよう」
あっさりと頷いて前を向く名前に、思わず溜息が出る。本当に、どこまでも淡泊な女だ。
(…この俺がいとも簡単に振り回されとる)
名前にいいように振り回されているのは面白くなかったが、この女の突拍子もない発言は聞いていて面白かった。
繋いだ手を強く握り締めれば、名前はちょっと痛いよと言って笑った。
「すまんすまん」
「あははっもう、雅治君の馬鹿」
……まるでバカップルだ。
学校が近付くにつれ、周りの視線も数を増やす。そこここで上がる悲愴な声は、半数以上が女子生徒であったが時々男の声も混じっていた。
(こりゃあ…俺も名前も、大変な目に合いそうじゃ)
俺は内心、これからの事に少し憂鬱になるが、通学中の生徒の視線を一身に集める俺達は見た目だけは平然とした顔で初夏の日差しを受けて眩しい学校へと到着した。
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