決めた


その1、期間は今日から一ヶ月

その2、中学生らしい健全な付き合いをすること

その3、このことを人に告げない


俺の新たな"彼女"、苗字名前が提示した条件はこの3つだった。
苗字名前曰く、

「期間は長すぎると面白くないから一ヶ月にしよう。仁王君は"健全な付き合い"とでも言っておかないと何するかわからないもんね。それから付き合ってるって報告は構わないけど、これはごっこ遊びだっていうのはバラしちゃ駄目。面白くなくなっちゃう」

との事だ。
…健全な付き合いとは、またお堅い事を。

俺は、自分の部屋でベッドに仰向けに寝転がりながら屋上での出来事を反芻した。








口元に手をやった苗字名前は、思案げに俺を見上げ、恋愛の楽しさを教えてくれと言ってある提案した。


「"擬似恋愛"してみようよ」

「"擬似恋愛"?」

「そう、彼氏と彼女ごっこ。私は恋愛の事なんか全然知らないけど、エキスパートの仁王君なら上手にエスコートしてくれるでしょ?」

「…ふーん、まぁ面白そうではあるがな…しかしお前さん、さっきあれだけ恋愛を馬鹿にしとったのに擬似恋愛なんかしてええんか?」

「さあ?よくわかんない。…それじゃあゲームって事にしようよ。期間決めて、その期間中に私に恋愛の楽しさを伝えられたら仁王君の勝ち、伝えられなかったら私の勝ち」

「勝負って事か。なら、勝った方には当然何かあるんじゃろ?」

「うん、そうだね、じゃあ…」

あれよあれよという間にルールが決められ、俺と苗字名前は晴れて"恋人"となった。
因みに勝った方への特典は、ありがちではあるが負けた方に何か一つ命令をできる事。

これだけ妙な提案をしてきた割に、ルールを決めてしまえば苗字名前はそれじゃあねと言って素っ気なく去ってしまった。
屋上に一人残された俺は、その淡泊さに唖然としながらまた給水塔の陰へと戻った。



放課後になり、一人さっさと帰ろうとする苗字名前を廊下で呼び止めれば大層驚いた顔をしていて、もうゲームは始まっとるじゃろ?と聞けば納得したような顔で頷いていた。
どうやら、苗字名前には"恋人は一緒に下校する"という概念は無かったらしい。当たり前の様に手を握れば、何するのと言って振りほどかれそうになった。
…屋上で握った時も思ったが、この女は俺と同じくらい手が冷たい。
その冷たさは、隣を歩く凛とした横顔にとてもよく似合っていた。

俺達二人が如何にも仲よさ気に歩いているのを見て周り…主に女子生徒が騒いでいるが、苗字名前は意にも介さない。
こちらを見上げて、これが恋人なの?なんて問い掛けてくる。


(…この女、どんだけ図太いんじゃ)

今まで付き合ってきたミーハー女達のように浮かれるでもなく、純情ぶって俯くでもなく、あくまでも淡泊な苗字名前に、俺は内心舌を巻いた。


帰り道でアドレスを交換し、お互いの呼び方を"お前さん"と"仁王君"から"名前"と"雅治君"に変更した。家の方向が別れる三叉路で、また明日と言って頬に口づければ、たっぷり10秒程いやな顔をしてから渋い声でまた明日と返された。

不機嫌丸出しで帰路につく後ろ姿を眺めながら、俺は人知れず笑った。







「苗字名前、か…」

白い天井を見上げながら一人呟く。


苗字名前は知らないだろうが、俺は以前から彼女の事を知っていた。

ミーハー女達がフェンスにしがみついて喧しく騒ぐなか、こちらには一瞥もくれず通り過ぎて行くしゃんとした後ろ姿とか。移動教室の時にすれ違う際、前だけを見て歩く毅然とした横顔とか。
決して絶世の美女という訳でもないのに、そういう姿は不思議と俺の目についた。

そうして名前は自然と俺の視界に入るようになり、俺は名前の名前を知り、更に興味を持った。

ある日、教室移動の休憩時間、名前は「テニス部員って格好いいの?」と友人に聞いていた。あれだけ素通りしている割には気になるものかと意外に思ったが、息巻いて格好いいよと答える友人に「ふーん、変なの」と答えているのを聞いて俺はずっこけそうになった。

(…変ってどういう意味じゃ)

他にも、「あの女の子達、キャーキャー言うのが楽しいのかな?」だの「恋人と親友ってどう違うの?」だの「なんでバレンタインにわざわざチョコあげるのかわかんない」だの、女子中学生としては絶望的なくらいに枯れた事ばかり言っていた。


淡泊で、枯れた女。

結局の所俺の中での名前の印象はそんなもので落ち着いたが、しかし名前は妙に男共に人気があった。

曰く、クールな美人。
男女関係なくサバサバとした対応をする彼女は男共の目にはそう映るのだろう。確かに、毅然とした佇まいや歯に衣着せぬ物言いはクールな印象を与える。クールと言ったってキツイ顔の女だったらばマイナスイメージになっただろう。しかし、愛想はなくともそれなりに美人で、しかもたまに笑うとけっこうイケる。そんな見た目での冷たい印象はどうやら効果的だったようだ。

きっと今日のあの男のように、果敢に告白をしては素気なく振られた奴も多く居るのだろう。

(気の毒な事やのう…)


そんなものだから、名前が顔を真っ赤にして怒った時には驚いた。激昂して物を投げ付けるなど、普段の振る舞いからは想像もできない。
だがもっと驚いたのは、名前が擬似恋愛を提案した事だ。


(あれだけ枯れた女が、な)

話を聞いていると、どうやら名前は"面白いか面白くないか"に人生の価値を置いているようなので、きっとこれも暇潰しの延長程度なのだろう。…暇潰しにしては、タチが悪いというか危ないというか…。



(ま、何にせよミーハー女以外の奴と付き合うのは久しぶりの事じゃからの。面白くなりそうじゃ)

俺は一人ほくそ笑み、携帯を開いた。

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