妬かれた


「仁王先輩、コレ実習で作ったんです!よければ貰ってください!」

ぴょこんと効果音のつきそうな小動物的な動作の下からあらわれたのは、まだ幼くあどけない笑顔。こちらに向かって差し出されるちいさな掌には綺麗にラッピングされたクッキーの袋が乗っている。くせのない黒髪はさらさらと綺麗で、緊張に頬を赤らめるところなんかは愛らしいと思わないでもない。


「…おまん、誰じゃ」

しかし、俺の表情はぴくりとも動かなかった。冷たい言葉に、黒目がちな、おおきな瞳が揺れる。俯いて唇を噛み締めるこの小さな少女の、震える指先は血の気を失って白くなってしまっていた。


「クッキーくらい、貰ってあげたらいいじゃない」

「!」

後ろから聞こえた声に驚いたのは、後輩よりもむしろ俺の方だった。振り返った先にはいつものような姿勢のよさで、いつものように意志の強い瞳に少し悪戯っ気を覗かせて、名前が立っていた。名前は少し後輩の方に微笑んで、かと思えばすぐに踵をかえして立ち去ってしまった。微妙な空気の中に取り残されてしまい、思わず後輩と顔を見合わせる。ハッと一瞬表情を強張らせた、名も知らない後輩はやはり小動物を思わせる動作で俺に一度頭を下げると、忙しなく駆けて行った。クッキーの甘い匂いだけが、取り残されたように廊下に漂っていた。

(なんじゃ今の)

名前はこんなタイミングでわざわざ声をかけるような人間だったろうか。









昼休み。名前の教室に向かえば、彼女は既に弁当包みを開いていた。いつもは俺を待って、人の少ない中庭や屋上へ向かってから食べるのに、珍しい。名前の席の、前の席を勝手に拝借する。後ろ向きに座れば行儀が悪いと笑われた。


「今日のお弁当は?」

「コレ」

手にしたゼリー飲料を見せればまた名前の表情は氷のようになって、少し睨まれた後に予想していたとでも言いたげな溜息を吐かれた。弁当の蓋によられたおかずに、おにぎりをひとつつけてこちらに差し出す。最近では俺のための箸も用意されるようになった。対して、何も言わずに口を開ければ、お決まりのようにおかずを放り込まれる。俺のお気に入りの、卵焼き。


「さっき後輩の女の子にクッキー貰ってたでしょ、あれはどうしたの?」

「貰わんかった」

「え。どうして?」

「…甘いもんは好かんし」

ふうん、と、納得したのかしてないのか、窺うような名前の表情にはいつものあっさりした淡泊さが感じられない。どことなく、苛立っているように見える。


「せっかく可愛い子だったのに、勿体ないの」

「俺には名前っちゅう可愛い彼女が隣におるからの」

「でも2週間後にはあの子が隣に居るかもね」

やっぱり苛立ってる。バッサリと切って捨てる物言いの、切れ味がいつもの3割増だ。ついでに言うと、毒々しさも2割増。何か言おうとしたら、口におにぎりを詰められた。屋上での時も無理矢理だったが、今日のはさらに詰め込む感じ。愛がない。怒ると静かに冷たくなる質の名前の、こういう態度は珍しい。言ってしまえばあまりにも"らしく"なくて、もしかして、これは、


「妬いた?」

「………………」

図星か。厳しい目をして頑なに窓の外に視線を固定している名前の、頬にさっと朱がさしたのを俺は見逃さなかった。こういう事に関しては何よりも淡泊だとばかり思っていた名前の、あまりに意外な一面に思わず頬が緩みかけるのを、口元を押さえて我慢する。俺の彼女は心底可愛い。


「…笑わないでよ」

「笑っとらん」

「嘘。にやけてる」

「名前が可愛いからじゃ」

「それも嘘」

逃げるように立ち上がった名前は、ちょっとトイレと言って教室を出て行った。空になった弁当箱と、ひとり残された俺は我慢する理由もなくなったので盛大ににやけた。机に突っ伏して、赤くなった頬とか不機嫌な眉間の皺とか、そんなものを思い出してはまたにやける。


「…好きじゃ」

聞く人のいない告白を、机に向けて呟く。ああ、俺の声が文字になって机に刻み込まれて残ればいいのに。直接言えないかわりに名前に伝えてくれればいいのに。


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