探した


教室移動の途中、近道をしようと3年の教室がある辺りを通ったら、仁王先輩と丸井先輩の所属しているB組の教室の前で困ったような顔をした女子生徒を見付けた。この間の練習の時にテニスコートで見掛けたあの人は、確か仁王先輩の彼女のナントカ先輩。
あの仁王先輩が珍しく彼女を気に入っているらしいと聞いて驚いたりもしたが、別に仁王先輩が誰と付き合おうと俺の知った事ではないし、別段興味もないし、だからナントカ先輩の事も放っておけばよかったはずなのだが、


「どーしたんすか、仁王先輩の彼女サンっ」

キョロキョロしてる横顔は中々美人だったし、妙に姿勢がよくてシャキッとしててそういう所は好感持てたし、今まで見てきた仁王先輩の元カノとは全く違う、なんか、こう、セイソな雰囲気に興味が沸いて、気付いたら声を掛けていた。仁王先輩相手に恋人を盗ろうなんてことはこれっぽっちも考えていない、と心の中で小さく言い訳をしながら。
俺の声に振り返った先輩は突然の事に驚いた顔をしていた。…当然か、だって俺と先輩は初対面だ、俺が一方的にその存在を知っていたというだけの。


「えーっと、」

「あー、俺、2年の切原赤也っス!テニス部員の!」

にっかりと笑みを浮かべながら自己紹介すれば先輩は納得の行ったような顔をしてああと頷いていて、ご丁寧にも私は苗字名前と自己紹介を返された。言外に、仁王先輩の彼女サンと呼ぶなと言われているのが伝わったので、名前先輩と呼び方を改める。馴れ馴れしいね君と笑った表情は、先程までの意志の強そうな目がきらきら光る無表情とはうって変わってとても柔らかくて、成る程仁王先輩はコレに惚れた訳かと納得した。


「で、名前先輩はこんなとこで何してたんスか?教室には仁王先輩居ないみたいっスけど」

昨日も風邪で休んでいたし今日も休みではないのかと問い掛ければ、先輩は困った顔で首を傾げた。


「あー、うん。雅治君、今日は来てたの。ただ、まだ熱あったみたいだから心配で覗きに来たんだけど、今は居ないみたい」

眉を垂らして情けない顔をする先輩は雅治君保健室に行ったのかなあと呟いていて、それこそ放っておけば良いものを俺は気付いたら先輩の腕を掴んで、


「じゃー探しに行きましょうよ!」

「ええ?」

次の授業がある理科室とは真逆、保健室の方へと進んでいた。
戸惑いがちな声を上げながらも俺について来る先輩の腕はひんやりとしていて、いつも俺をからかいに来る仁王先輩の冷たい手とどちらの方が冷たいのだろうかとどうでも良いことを考えたりした。


「えーと、切原君?」

「赤也でいいっスよ。なんスか先輩?」

「これってもしかしなくても、」

「サボりっ!」

「…やっぱりなあー」

先輩はがっくりと肩を落としていて、サボりが嫌なら振り払えばいいと思って腕を掴む力を緩めたのに、先輩は振り払おうとはしなかった。真面目そうな風貌をしていながら、その実この人はあまり学校生活を真面目にこなす気はないらしい。サボりという言葉に一瞬、目が輝いたのを俺は見逃さなかった。
使ってもいないのに既にボロボロになっている理科の教科書は丸めてしまって、名前先輩の手首をしっかりと握りなおして、軽快な歩調で階段を下りる。











「仁王君?さあ、今日は来てないけど」

「そうですか…」

養護教諭の言葉にまた困ったような顔をする名前先輩。その表情は先輩の凛とした佇まいにはあまり似合わないから俺は好きではない。だから、俺は意識して明るい声を出した。


「ここじゃないならきっとサボりっスよ、先輩!他探しましょーよ」

「うん、そうだね」

ふわりっていう表現が似合うような、その柔らかい笑顔。やっぱりそっちの方が先輩には似合ってると思った。笑い合って頷き合って、仁王先輩の居場所を考えている内に始業のチャイムが鳴り響く。先輩は声だけはあーあ授業始まっちゃったと落胆したような風だが、その表情はある種の清々しさを孕んでいる。


「さて、雅治君は何処にいるのかな?」

「先輩、なんか心当たりないんスか」

「さあねえ…切原君こそ何か心当たりないの?部活仲間でしょ、それに私よりも付き合い長いんだし」

先輩の言葉に思わず深く考え込んでしまった。確かに仁王先輩との付き合いはもう一年を越えるが、未だに俺はあの人の事をよく知らない。丸井先輩と共に何かと俺をからかいに来たりして、部内では親しい方のはずなのだが。知ってるのは暑いところがあまり得意でないらしいということくらい。


「…あ!」

「なあに、心当たりあった?」

そうだ、あの人は暑い季節になるとやたらと日陰や涼しい場所を求めてさ迷う癖があった。去年はそれで何回か捜索に狩り出され辟易したものだった。


「涼しいとこっスよ!」

「涼しいとこ?」

三度先輩の手を引いて駆け出せば驚いたような声が返ってくる。その声にそうそうと頷きながら去年の夏の記憶と照らし合わせ、俺達は仁王先輩の出没しそうな日陰を虱潰しに探すことにする。


「あ!」

「今度はなにっ?」

「先輩、切原君じゃなくて、赤也でお願いしますってば!」

どさくさに紛れてもう一度お願いすれば、先輩は考えとくと言って笑った。
ちえっ。












「………………」

「見つからないね」

「…見つからないっスね」

すぐにでも見付かると思ってた仁王先輩は中々見つからず、落胆した俺は頭を抱えて座り込んだ。何だよアンタ校内にどんだけ自分の住家持ってんだよ。散々引っ張り回した名前先輩は額に汗をかいていて、あれだけ自信満々に探し回ったのに見付けられなかった事を申し訳なく思う。謝れば先輩は笑って許してくれて、こんないい人を彼女にできるなんて、仁王先輩ってずるいとか考えたりして。
ともあれ仁王先輩捜索は振りだしに戻ってしまった。


「あーもーわっかんねえ!先輩どこ行ったんだよ…」

「あー…私にも、ひとつだけ心当たりあるかも?」

もしかしたらだけどね。
口元に手を添えて考え込んでいた名前先輩が、不意に口を開いた。もう他に探せるような場所もないので先輩の可能性に賭けるしかないか。それじゃあそこを探しましょうよと言って立ち上がり、先輩が先導して歩きだす。早足で横に並べば俺を見上げた先輩と目が合って、どちらからともなく手を繋いだ。随分と時間が経ち気温も上がってきたせいか、はたまた散々駆け回ったせいか。ひやりとつめたかったはずの先輩の手の温度が、少しぬるんでいるような気がした。


探し回ってもうクタクタとか、そんな事は忘れて二人して駆け出した。ワーッと無意味に騒ぎながら。


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