「、おい!」 そう叫ぶ男の声と、血飛沫が吹き出る厭な音が重なった。揺れる、赤。先程までの砂利道は、一瞬にして赤に染まる。 命の滾りを示す赤は、命の途絶えを象徴する色でもあった。 視線は倒れゆく女を捉えたまま男は、視界の端に映る一人を、それから先刻まで対峙していた三人を、一瞬にして両断する。 生物学上、脊髄から脳を介さず無意識に取る行動が反射であると定義されているが、男の動きはまさしく反射的という言葉そのものであると言えよう。 男にとって斬るという行為に、迷いや判断というものは必要とされなかった。 「何やってんだ、テメェ」 今し方両断した四体が血の海に沈む音と共に、男が女のもとへと駆け寄る。あんたが走るところなんて初めて見た、と女がぼやく。 男の隻眼から覗く右目に、僅かに焦燥の色が伺える。珍しいことである。目の前で誰が死のうが誰を殺そうが、それが天人・人間、老若男女の如何を問わず、動揺を一切映さなかったその男の目に。 水晶体に反射して映る女の姿は、もはや赤でしかなかった。 「何で庇った」 「安心して。護ったのはアンタじゃない、わたしのエゴよ」 どこまでも気の強い女である。それ故に幼い頃はよく衝突もしていた。剣の腕も確かだが、それ以上に喧嘩の滅法強い江戸っ子気性を誰よりも備えた女だった。 今でこそ力に於いては同門の男共に負けるが、戦場で十分太刀打ちできる程であるし、幼き頃はこの男でさえ、よく打ち負かされていたものだ。 その女の命の灯火が、今確実に、消えようとしている。 「…テメェが庇わなくても、避けられた」 「はは、よく言うよ。目の前の敵に気取られてたくせに」 致死量を確実に越えた出血に塗れながら発せられる言葉は、目に映る光景だけが虚構なのではないかと錯覚させるほど、迷いのない声色であった。 「エゴって何だよ」 その質問には答えずに、女は素直に男に体重を預けた。いや、そもそも女に重量に抗うだけの体力はもう残ってはいなかったのだが。何となく、この男にはそう感じられたのだ。 「…ねえ、わたしがあんたに勝てなくなったのって、いつからだったっけ」 ひゅーひゅーと呼吸器が異常を知らせる。初めはか細かったそれも、段々と荒くなってくる。懸命に意識を手繰り寄せようとするも、落ちかかる瞼に抗う術はない。 「…わたしだって、」 ―みんなの隣に立ちたかったんだ それ だけ、だよ 唇の動きだけで紡がれる音を失くした言葉は、往時の如何なる言葉よりも、男の脳裏にこびりついて離れなかった。 臆病者の末路 女扱いをされることを酷く嫌っていた。女扱いをしたことなどなかった。女を捨て、侍として生きた。 それでもやはり、成長と共に顕著になる男と女という性差は、どれほど近付いても鏡の向こう側には行けないのと同様、絶対的な事実として壁を築いていた。そして時折、女を苦しめていたらしい。 こんな形で、修羅に身を委ねる形で、己の侍たる証を示そうとは。 ―馬鹿な、女だ。 己の腕から零れ落ちたものを顧みずに生きてきた男が、もう二度とその色を見せぬ瞳を閉じた女を、初めて美しいと感じた。 戦場に散った命として。 そして―ただの一人の女として。 快晴の夜空の下、雨粒が一つ、頬に落ちた。 091231 ――― 祝宴さまに提出。 映画化祝いなのにまさかの死ねた。 白玻 |