※シリーズ夢主

 触れた指先はひどく暖かい。戯れのように時折わたしの頬を擽ってくるのは、スティーブンさんのお気に入りの仕草だ。お互いに身の落ち着ける場所であったり、或いは誰もかもいなくなって二人きりになったときぐらいしかその甘さのある仕草はしない。氷を扱う人だから低体温なんだろうかという安直過ぎるわたしの疑問は、スティーブンさんの掠めた掌の血の通った温度と共にゆるゆると溶けていく。「スティーブンさん」きゅうと目を細めてじゃれ合いにも似たスキンシップを享受していると、わたしに名を呼ばれたスティーブンさんが態とらしく「うん?」と小首を傾げた。あざとい。何でこの人成人男性なのにこんな可愛い所作が似合うんだ。それに一々きゅんとなってしまうわたしの心臓もいい加減慣れて欲しい。スティーブンさんもスティーブンさんで、わたしに効果覿面だとわかっていて態とこんな表情を作ったりするのだから本当に適わない。わかっているのにほいほい釣られてしまうのはわたしの悪いところだが治せる気はしない。多分永遠に。何処か浮ついた思考の中、わたしは自らスティーブンさんの掌に頬を擦り寄せた。するとそれはぴくりと震えて、途端に指一本分の温もりが離れていく。「ナマエ」もうすっかり聞き慣れた、成熟した大人の男の人の低くてちょっと掠れたスティーブンさんの声がわたしの耳朶に触れた瞬間、ぎゅうとまるで素手で心臓を掴まれたみたいに、心拍数が馬鹿みたいな速さで波打っていた。ああ、やっぱりスティーブンさんの声って
「すき…」



 仕事の合間にコーヒーでも飲もうかと立ち上がったスティーブンが、そこで何かに気付いて踏み出し掛けた右足をはたと止めた。ソファーの背凭れから覗くスティーブンより幾らか小ぶりな頭がかっくんかっくん揺れている。ふむ。と暫し頭の中で思考を巡らせたスティーブンは、半歩戻した右足をくるりと方向転換させた。その表情はそれこそレオナルド辺りが目にすれば、血色良い顔色が忽ち真っ青になるくらい悪めいた大人の顔をしていたのだが、幸いなことにいまそれを見咎める者は誰もいない。普段真面目な彼女が勤務中にうたた寝とは珍しい、そんな月並みな感想を抱きながらスティーブンはナマエの座るソファーを見下ろして、そうして律儀にも整理途中の書類を彼女が握り締めたままなのを見付けてひそかに笑った。手放さない辺り、何とも生真面目なナマエらしい。眠気覚ましのコーヒーよりも欲望を優先したスティーブンが、心中でむくりと起き上がった悪戯心に抗わず、柔らかそうな頬に手を伸ばして、人差し指でちょんとつついてみる。
 起きない。
 今度はすりすりと指腹で頬を撫ぜてみる。
 (…熟睡だな)
 二人きりのときにだけする、スティーブンが特別気に入っている癖のようなそれをしてみてもナマエが目を覚ます気配はない。以前にも確か、こんなことがあった。まだ「そういう関係」になったばかりの頃の話だ。彼女は時々意図せずスティーブンを振り回す。完全に無自覚なので下手に指摘も出来ないところが殊更質が悪い。例えばいまのように。
「ん…」
 やさしげに撫でられた指が余程心地よかったのか、ナマエがスティーブンの方へ身じろいですり寄ってきた。まるでもっとと強請っているようにも見えるその動作に思わずスティーブンはぴくりと指を震わせる。(…君って、本当に…)はあ、と短い溜め息を押し込めたスティーブンは、そのぬくまった頬から指を離した。幾分か名残惜しい気もしたがいい加減起こさなくては。そもそもこんなところで寝られては風邪をひく。
「ナマエ」
「すき…」
 スティーブンはデジャヴを感じた。心配からくる親切心は二割残していた下心を前にくずおれたという。

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