鉛色を絵筆で垂らしたかのように天候の重々しいヘルサレムズ・ロットに於いては、ひとたび足を踏み入れたら外側から見える厳かな雰囲気とは裏腹に、種族の入り混じったデッドレースが絶え間なく繰り広げられている。ニューヨークが消滅してから三年もここに腰を落ち着けているスティーブンにとって、街中の喧噪自体は見慣れた取るに足らないものであったが、今回ばかりは傍観の立ち位置を決められなかった。レオナルドやザップら青少年組の騒がしい声をバックミュージックにコーヒーを啜っていると、天井に吊されたブラウン管がニュース番組から砂嵐に切り替わる。スティーブンは果てしないデジャヴを感じた。大体傍観のかなわない喧噪には大抵のこと、頭文字にフェムトの名がつく。
「やあやあ腑抜けの顔をした愚鈍なる豚共よ!私だ、堕落王フェムトだよ!」
 ――やっぱな。
 半ばげんなりしつつカップをデスクに置いてスティーブンは画面に注視する。バックミュージックたちもテレビに釘付けになっていた。
「ところで諸君、退屈は人をも殺すとはよく言ったものだと思わないか?私としては諸手を上げて賛同したい先人の格言だよ!そこでだ、私はこの仮初めの平和を享受して意味もなく二酸化炭素を排出しているだけの君たちに、少しばかりのスパイスを与えることにした!」
 毎度の如く全ての回線をジャックしたのかテレビ画面に映っているのは、珍妙な鉄仮面を被っている堕落王フェムトその人である。まるで選挙演説のように声を張り上げてにやにやと口角を弓形にする様に、いつかのフェムトが起こしてきた数々の傍迷惑な“スパイス”とやらがライブラ総員の頭の中を駆け巡っていった。またろくでもないこと企んでるな。ライブラ総員の心の中が一致する。数多ある記憶のひとつにぶち当たったのか、嫌そうに目尻をぴくぴく震わせたザップは蛙が潰れたような呻き声を上げた。ザップ程顕著に態度を表さずとも、皆が皆フェムトのアップ顔が映るブラウン管に目を向け、いつでも出動出来るようピンと気を張り詰めている。スティーブンもその一人だった。いつでも非常勤メンバーに連絡が出来るようデバイスを片手に握る。
「実は最近ゲームのローディング中退屈だからとあるウイルスを開発してね、人間も異生物も関係なく、このウイルスは呼吸から取り入って身体を侵食していくものだから逃げ場はない」
 ウイルスがその身体にどんな風に適応してどんなものになってしまうのか、それはなってからのお楽しみ――まるで理科の実験とばかり声を弾ませてそう言ってのけたその僅か数秒後。フェムトの台詞の意味を正しく理解出来たのは、全て事が起きてからだった。



「なんッじゃこりゃアアア!!?」
 濁った悲鳴がスティーブンの鼓膜をダイレクトに攻撃した。ぐわんぐわんと直接脳髄を揺さぶられるような感覚にぐっと眉を顰める。猫の聴覚は人のそれより数倍鋭い所為か近くで大声を出されるとかなりきついのだ。
「五月蝿いぞザップ。そう喚かなくても何が起きたのかは理解出来る」
「いやいやそんな冷静になれないッスよ!!なんなんスかこれェ!?」
「僕が犬でザップさんとチェインさんが狼で…」
「クラウスが熊か。で僕は猫…ツェッドは…わからんな。そもそも変異しているのか?それ」
「もしかしたら人に反応しやすいウイルスなのかもしれないですね。動物に変異するウイルスなら僕みたいに最初から異種属だと効きにくいんじゃないんでしょうか?」
「まあそれを言うなら人間も一種の動物で異種属だがな」
 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -