家庭第一で自他共に認める家族ラブなK・Kは、ライブラの定期会合した後や或いは作戦執行した後なんかは真っ直ぐ帰ることが多い。加えて緊急収集もあればそちらの方に駆り出されるし、お疲れ様の意を込めた飲み会では偶に参加する程度(その偶にがトンデモなく悪質なのだけれども)なので、新参者のレオナルドがK・Kという人となりを知るのは、恐らくそれが初めてだった。
「ザップさん…」
「おう」
「K・Kさんってナマエさんと仲良いんすね…」
「慣れろ。アレが通常運転だ」
 未だ開設途中だという重火器を多数保持しているだとか、バイヤーから買い取った人間を使って性能テストをしているだの、数々の黒い噂をまことしやかに囁かれている異界人らの運営している違法軍事施設に関しての会議が終わっても、珍しくもK・Kは一目散に扉へ向かわず誰かを探すようにきょろきょろと小首を逡巡させていた。レオナルドの知るK・Kは息子自慢を盛大にぶち撒けながら我先にと事務所から出て行く姿だ。珍しいなと感じたレオナルドの疑問はすぐさま解消した。ライブラの戦闘要員だけの会合である為に退室を余儀なくされた、スティーブンの補佐兼事務員として勤めているナマエを見つけた瞬間、きゅうと目を細ませ煌めかせたK・Kが諸手を挙げてナマエをぎゅうぎゅうに抱き締めだしたのだ。目が点となり、あんぐりと口をみっともなく開いたレオナルドを一瞥に留めたザップは二人を見て「あー」と得心がいったように葉巻を噛んでいる。「ナマエっち!会いたかったわあー!」息子を前にしたときと同じようなハイテンションでナマエの頬にキスをしたK・Kに、ナマエは驚きを見せることもなくにこにことK・Kの腕を甘んじて受け入れていた。説明もなく戸惑うのはレオナルドばかりだ。あれ?二人って実は親子なの?どこぞの陳腐なテレビ番組であるようなテロップがレオナルドの頭の中を流れていく。「生き別れの母娘!感動のご対面!」うわ有り得るかも。レオナルドが首を捻った。
「お久しぶりですK・Kさん!お元気でしたか?」
「私はぜーんぜん元気よォ!ナマエっちの方こそどう?あの腹黒男にこき使われてない?いい?スカーフェイスに何かされたらすぐ私を呼ぶのよ!」
 飛んで行ってギッタギタに打ちのめしてやるからね!とレオナルドからしてみれば冗談とも取れない台詞をナマエはにこやかな表情のまま受け流している。大物だ…。思いがけずとばっちりを受けたスティーブンが「酷い言い草だなあ」とぼやいていたが、K・Kはそれを当然かのようにさらっと無視した。
「大丈夫ですよ!スティーブンさんは優しいですし、仕事も丁寧に教えて下さるので!」
「…ナマエっち…男はね、皆狼なのよ。腹黒男の表面に騙されちゃ駄目!」
 いつにも増してスティーブンに辛辣なK・Kに関係のある筈のないレオナルドまで口元が引きつった。この状況に完全に置いてけぼり状態のレオナルドを余所に、他のメンバーは最早日常と化しているのかほのぼのと見守っているだけだ。慣れって恐ろしい。K・Kは待ち人に会えたのが余程嬉しかったのかこのまま直帰する様子もない。ちゃっかり人数分用意されたギルベルトの淹れた紅茶に口を付け、クラウスが手土産にと持ち寄ったドーナツの箱を開いたときがブレイクタイムの開始の合図だった。金木犀の華やかな香りがレオナルドの鼻孔を擽る。一人増えるだけで賑やかさも倍増だ。
「私娘も欲しかったのよねえ〜どうナマエっち、ウチの養子にならない?今からでも遅くないわよォ」
「K・Kさんが母親なら毎日が楽しそうで良いですねえ」
「相変わらずK・Kとナマエは仲が良いなあ。そうしていると本当の親子みたいだ」
「うむ、何とも微笑ましい光景だ」
「なあにスカーフェイス、そんな目で見たって仲間には入れてやんないわよ。クラっちなら大歓迎だけど」
「ははっ、物欲しそうな目に見えたかい?僕が入る隙間なんてどこにもないじゃないか」
 何というか、いいな。こういうの。チョコレートスプレーのかかったドーナツをもごもごと咀嚼しながら、甘ったるさを飲み込んだレオナルドがぼんやりと呟く。アットホームというには殺伐としているけど、賑やかで平和だ。ヘルサレムズ・ロットにも休息日があるとしたら正に今日のことを言うのだろう。背後でザップとチェインが(正確に書くと主にザップが一方的に)放送禁止用語を吼えて騒いでいるのに聞こえないフリを続けたレオナルドの、只の独り言で終わる筈だったそれはよりにもよってこのSS先輩の耳元にまで届いたらしい。にやあーっと厭らしく口角を吊り上げて馬鹿にするように眼を細ませたザップが、足跡のくっきり付いた顔(十中八九チェインの仕業だ)をレオナルドに近付けてくる。あからさまにレオナルドの表情が嫌そうに歪んだ。
「何だァ?陰毛頭、ホームシックか?ん??」
「すみません、その顔うざいんで止めて貰えますか…」
「ああん?!うざいってテメェ何様じゃゴルァ!」
 ぐりぐりと中指をおっ立てたポーズのまま頬にずぶずぶ突き刺してくる指が痛い。ヒイイと喚いてみてもチェインは変わらず我関せずを貫いている。味方がいないことにレオナルドがつと涙したのは束の間、気付いたナマエがすっぽりと埋まっていたK・Kの腕の中から抜け出してレオナルドを救出してくれた。ナマエがライブラに加入して初めて出来た後輩だからか、何かと気にかけてくれるのがレオナルドにとって気恥ずかしく、だが嬉しかったりする。
「ザップ、新人いじめは程々にしないと…」
「あん?クソドチビはすっこんでろ!」
「お母さーん!ザップのクズがいじめるー!」
「ばっ、てめ、それは卑怯っ――」
 途端に焦燥を顔色に滲ませたザップから悲鳴が上がる。
「ザップっちいいい?私の可愛い娘になあにしちゃってくれてんのォ?」
 悪乗りしたK・Kが「誤解っスよ姐さん!」と室内を逃げ回るザップの後を追い掛けていった。こうなることが見えていたのであろうナマエは確実に確信犯だ。クラウスはオロオロと見守るばかりで、スティーブンは自業自得だと言わんばかりに素知らぬ顔で紅茶を嗜んでいた。チェインは嬉々としてK・Kの加勢に回っている。無駄に有り余っている脚力を駆使してK・Kから逃げるザップを鼻で笑いながら、大丈夫?とこちらを窺ってくるナマエに空笑いを零して、絶対に敵に回せないなとレオナルドは心中で呟いた。でないともれなくライブラ一おっかない鉛玉が付いて来る。

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