※五万打アンケートお礼文

 わたしってスティーブンさんに何もかも任せっきり?そう感じ始めたのは晴れてスティーブンさんとお付き合いさせて頂いてから、ひとつ季節が終わってクラウスさんが手をかけているバルコニーにまた違う花が芽吹こうとした頃だった。思えば目の眩みそうなディナー(言って置くと慣れているとは言え家族と恋人とでは緊張が倍違う)の数々も、偶のスティーブンさんのスマートっぷりが発揮されるデートも、ごにょごょ(察して欲しい)も全てわたしは受け身側というかスティーブンさん先導の上で付いていってるだけなのだ。「奥手な女は飽きられやすい!」とはいつか見た俗っぽい週刊誌に載っていた一文である。
(少しは積極性を見せるべき?)
 わたしは心中で握り拳を作り「エイエイオー」の音頭を取った。

「すみませんスティーブンさん、ちょっといいですか?」
 まさか誰が来るかもわからない執務室で行動を起こす訳にも行かず、かと言って互いの家でゆっくり時間を取れる程スティーブンさんに暇はない。特にここ最近は。ランチのときぐらいしか一緒にいられないことに申し訳なさそうな顔をされるのは、わたしにとっても心苦しいしスティーブンさんがどうにも出来ない事なのだから、二人きりでの時間が一分一分減っていても文句は言えない。でもこんな状態がずっと続いたら?すれ違いの時間が長くなっていったら?多分、僅かばかりに彷彿した畏れと焦りがわたしを大胆にしたのだろう。でなければあんなことはしない、絶対に。雑踏に揉まれながらも離れまいとしっかり絡み合った指を引っ張り、偶然目についた路地裏へスティーブンさんを連れ込んだ。目をぱちくりとさせるスティーブンさんは、優しさなのか「何が食べたい?」という問い掛けに返答もなく、突拍子のない行動に出たわたしに抗う様子はない。
「…路地裏?」
 人がいないことをたっぷりの余裕を持って確認したわたしが、首を傾けてこちらを見下ろすスティーブンさんの肩に手を乗せ――飛び付いた。
「…っ?」
 小さなリップ音と軽い衝撃。わたしよりずっとつめたいスティーブンさんの唇の端っこにキスを送る。やってしまった。思ってたより柔らかい。いや何考えてんだわたしは!予想だにしてなかっただろうわたしの行動に、瞠目する表情を隠そうとしないスティーブンさんを見やって、羞恥はじわじわと遅れてやってくる。
「…あああの、ごめんなさい。その、なんというか、キス、したくなって――」
 これ以上ないまでに苦しい言い訳だ。間違いとは言い切れない上にそれ以上の言葉は出てこないのだからどうしようもない。「も、戻りましょうか!」どうしよう?引かれた?というかもうちょっと場所選べば良かった――路地から人集りの中に戻ろうとしたわたしを、今度はスティーブンさんが引き止めるように引っ張り込んだ。ぐらりとなる身体をスティーブンさんの存外逞しい腕が支える。
「嬉しいよ、まさか君からキスしてくれるなんて――欲求不満を見抜けなくて悪かったね」
「!よっ!?ちが、待っ」
「ああでも、やられっぱなしのままっていうのは納得いかないなあ」
 ヘルサレムズ・ロットの聞き慣れたざわめきが遠くなる。スティーブンさんのしまりのない口許が段々と近くなって、重なる。欲求不満ってそんなつもりじゃないのに!全力否定しておきたい誤解だ!わたしはただ男女の関係に於ける積極性というものを――抗議の意を唱えようとするわたしを余所に、スティーブンさんの口付けは逃がさないと言わんばかりに深くなる。頭の中に浮かび上がったままの週刊誌の煽り文は、唇を掠めてゆく温もりと共に溶けきっていった。

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