※恋人設定

「あの、スティーブンさん?」
「ん?」
「それ、楽しいですか…?」
「少なくとも僕はね」
 にぎにぎ。という擬音までついてきそうな程にわたしの指を握るスティーブンさんの表情は確かに、何というか楽しそうだ。わたしは全く楽しくないというか、妙に羞恥心を煽られるのみなので精神衛生上やめて頂きたい。だのに口許は穏やかに緩んでいるスティーブンさんの表情が好きで好きで堪らなくて、だからきゅんとなる胸に合わせてついつい許容してしまいそうになる。
「――って、違います!仕事出来ないんで離してください!」
「君って案外指細いんだなあ」
 聞いてない!案外ってどういう意味なんだろう。太いと思われていたとしたらかなりショックだ。そもそも仕事を頼んだのはスティーブンさんの方からだというに、何故スティーブンさんはわたしの仕事を阻むような真似をするんだろうか?不満を抱えつつも繋がれていた左手をスティーブンさんの右手が絡め取り、もつれた指が互いの掌を這う。重ね合わせた手のやわらかさが暖かくて心地良い。片方の手を絡ませたり握ったりしているスティーブンさんの意図を、社会に出たばかりのボンボンな小娘にわかる筈もなくかと言って強く拒絶も出来ない。ぺらりと捲った書類はわたしの指から滑り落ちてローテーブルの上を散らばる。手汗をかいてやしないだろうかだとかいつもならばしない余計な心配まで頭中をついてきそうだ。
「…スティーブンさんの手って大きいですね」
「そりゃあ、ね。男女とではかなり違うんじゃないか?」
 諦念の息を吐いてされるがままスティーブンさんに身を委ねていると、つうと厭らしく薬指を撫でられて思わず両肩が僅かに跳ねた。だから!そういう!悪戯はやめて欲しいと!ムッとした表情をそのままにしてスティーブンさんの方を仰ぐわたしへ、ごめんごめんと明らか気持ちの籠もっていない謝罪が送られる。懲りるつもりはないのか、飽きがこないのかわからないけれど今も尚きゅうと握られた手を離される様子はない。お陰様でさっきから書類整理は五ページ目で止まっている。スティーブンさんの仕事は?とは聞けなかった。訂正すると言おうとしたけれども言えなかったが正しい。つまりはわたしも満更でないということだろう。認めたくない。恥ずか死ぬ。スキンシップに慣れていないわたしからしてみればたったこれだけの仕草でも脳は簡単にキャパオーバーを招くのだ。現にスティーブンさんの手は骨ばっていてうすい皮膚に覆われているのに、意外と精悍だとかそんなことばかりに意識がいってしまう。(被害者の一人は異界人で麻薬の売人を生業としていて…あ、スティーブンさんの指長い)薄っぺらい紙に記された字面を追っていく目がスティーブンさんの一見武骨できれいな指へ向かう。自制心がわたしの頬を叩いた。
「ま、まだですか?」
「うーん、もうちょっとでわかるから」
「ンゴフッ!!」
 わかるって何が?お留守の右手が紙を捲るのに集中しながらもスティーブンさんの好きなようにさせていれば、ひとり気まずそうに紅茶を啜り静観していたレオ君の、盛大に噎せ返る音が向かいのソファーから聞こえた気がした。

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