これと微妙にリンクしてます

 只の世間知らずなお嬢様だとしか思わなかった。非能力者で財力はあっても身を守る術は何にも持たない、厄介で面倒なものを押しつけられたとしか感じることはなく、それでもライブラの資金の為だと割り切り懇切丁寧に事務仕事のこなし方を教えて微笑って、わざわざ簡単な業務まで分け与えてやっている自分に吐き気がした。
「筈、だったのになあ」
「はあ?」
 席一つ分空けてバーカウンターに肘を付いているK・Kに思い切り眉を顰められる。無造作に片手でぶらぶらとさせていたロックグラスを、中身が入った状態だというのに些か乱暴にカウンターへ置くのだからこちらまで酒は飛び散ってきた。いつもなら家庭優先で直帰しているK・Kが、この小規模なパーティーに参加している時点でスティーブンは避けるべきだったのだろう。
(これはK・K相当呑んでるな)
 以前ライブラ恒例の飲み会で酒に呑まれたK・Kに、散々こちらに絡んできた挙げ句意味もなく詰られた苦い思い出がスティーブンの頭を過ぎる。酔いどれの頭に染み付いた嫌な記憶だ。まさかまたあのときみたいに理不尽な目に合うことになるのか?俺が?うわあ、と思わず片手で顔を覆う。カウンターを背凭れ代わりにして、お世辞にも機嫌の良いとは言えない様子のK・Kがスティーブンを訝しげに一瞥する。当たられては適わないとくるり体勢を自然な向きに返したスティーブンが、当たり障りのない笑顔をK・Kへと送った。と言っても世の女性らがメロメロになるようなスティーブンの完璧は笑みはK・Kにとって何の意味も齎さないだろう。案の定途端に厭そうな胡散臭いものを見るような目を一身に向けられて、スティーブンは乾いた笑い声を漏らした。
「いやK・K、只の独り言さ」
「ふうん。三十路のオッサンが独り言なんて気持ち悪いわね」
 泣いていいかな。大体君も同じくらいの年だろう――とは流石に言わない。どこかのクズと違って俺はデリカシーというものを持っている。命の大切さも。
「まあいいわ、それより私はアンタに聞きたいことあったのよ。いい?偽らず答えて」
 腹黒男お得意のおべんちゃらなんてかましたら額にズドン、よ。長話になる予定なのかカウンターチェアにどっかり腰掛け始めたK・Kが、本気だと言わんばかりに鋭い眼光をスティーブンへ貫かせる。席一つ分空いた距離から容赦なく遣ってくる、ぎらぎらとした双眼にスティーブンは観念したように息を吐いた。嫌そうな顔までしたK・Kが聞きたい内容なんて見当のつかないけれども、K・Kのきっついお言葉を尽くした叱咤を受けるよりはまだマシだ、と自分を慰めながら脚を組み替える。グラスをカウンターへ置いて傾聴の姿勢へと入ったスティーブンがあくまでやさしげに続きを促した。
「ああ、わかったよK・K。それで何だい聞きたいことって」
「アンタはナマエっちのこと一体どう思っているの?」
 ――そうきたか。今この場にはいない、ナマエをK・Kがまるで自分の娘のように可愛がっているのをスティーブンは十二分に知っている。端から見ればナマエのスティーブンへの好意が駄々漏れで、だのにスティーブンは拒絶も受容もしないのだから、K・Kからしてみればスティーブンは忌々しい男に違いない。これでは誤魔化すことも出来なさそうだ。なにせ額にズドン、だからな。内心で揶揄うように嘯いたスティーブンに、K・Kは間を置く暇も無く「答えなさい」と追加射撃を食らわせる。まあ、K・Kならザップみたいに言いふらす心配もないか。片肘を付いたスティーブンが手付かずだったチャームを摘む。
「彼女のことは好きだよ」
「…嘘でしょ?」
「疑り深いなあ、本当さ。でも君ならわかるだろK・K」
 いつ死んだっておかしくない仕事を生業としているんだ僕らは。彼女にはまだ選択肢がある。こんなまともになれない男より平凡でホワイトカラーな仕事をしている一般人を選んで、人並みに幸せになった方がよっぽど良いだなんてことは僕だってわかってるさ。それに彼女にはその権利がある。だから僕が手を差し伸べるとしたら彼女が僕じゃなきゃ嫌だ、って泣いて縋ってもうどうしようもなくなったときだよ。半分程残った酒を舐めながら宥めるようにすらすらと並べ立てれば、気に食わなそうにK・Kが口元を歪ませた。仲良いからなあ、K・Kとナマエ。K・Kの心情的には自分の気に入らない男にナマエが誑かされている!といったところだろう。加えて言っていることは比較的理解出来るものだったから、K・Kは一概に否定も出来なくてそれもまた気に食わない。
「ゼッッッタイ無いわね」
「ははは、即答か」
「…だからアンタってむかつくのよ」
 自信ありそうな顔しちゃって。口ではナマエっちを尊重しているようなことを言って置きながら、ナマエっちがアンタに泣いて縋ってくるのに絶対の確信持ってるでしょこの腹黒男。というか寧ろそれを望んでる。ナマエっちがフツーの幸せ捨ててアンタを選ぶことを。拒絶しないんじゃなくて出来ないって言いなさいよ。延々と吐かれるスティーブンを突き刺すような辛辣な言葉は全くの図星なのでぐうの音も出ない。K・Kが聡いのは例え酔っていようが健在のようだ。というか本当は素面なんじゃないのか?そんな疑わしさからカウンターをちらりと横目で見る。既にボトルは二本開けられていた。
「いつもはクラっちや組織の利益しか考えないくせに、ナマエっちのこととなると自分のことしか考えないなんて反吐が出るわ」
「酷い男だなんて自覚済みさ」
 俺から手を出してしまえばもう離せなくなる。それこそ彼女が泣いて縋って嫌がろうとも、今更だと追い詰めて彼女の逃げ道を悉く潰して回るだろう。そんな己の質の悪さを何より自分が理解しているから今は何もしないでいるだけだ。非難されそうなので敢えて言わないで置いたのだけれども、K・Kにはお見通しだったようだ。「だからアンタって嫌いなのよ」声の節々に確かな嫌悪感を感じ取って思わず苦く笑う。嫌われてるなあ、俺。

 ――だからナマエ、ここまで墜ちてきてくれ。俺の我慢が効かなくなる内に、早く。

 薄ら暗い本音が息と一緒に零れ落ちる前に酒と供に流し込む。からんと鳴ったグラスの垂れた水滴がカウンターを汚した。

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