「君は本当に馬鹿だなあ」
 呆れたように笑うその人を前に、わたしはみっともなくぽろぽろと雫を落としながら嗚咽を漏らした。引きつった声が絶え間なく咽喉から零れ出て、はやく止めなきゃと思うのにそう強く思う度ぱちぱちと瞬きを繰り返す目から涙は落ちる。フローリングに散らばったチェーンと綺麗なコバルトブルーの埋め込まれたペンダントトップは、かわいそうなことに粉々になっていた。
「ごめんなさい…っ折角、貰ったのに…こんな――」
 えぐえぐと泣く汚い顔を見られたくなくて両手で双眸を覆う。覆われてまっくらな中でも頭の中であのコバルトブルーの光がきらきらとちらついて離れない。スティーブンさんはそんなわたしを見て息をひとつ吐き、べったりと顔を隠す両手をそっと外した。それを呆れられたと解釈したわたしはびくりと肩を震わせ顔を俯かせる。その手を振り解こうと思えば振り解けたけれど、あんまり優しく外すものだから拒絶出来なかった。スティーブンさんの手は人より冷たい筈なのに、掴まれた手は熱が籠もったように熱い。臥せた瞼が涙を落とす前に、目尻に溜まった雫をスティーブンさんの人差し指が慰めるように拭う。
「別に気にしてないよ。それよりも僕としては、その破片で君の足が傷ついてないかの方が気になるかな。踏んでないかい?」
「…っ」
 優しいだけの声色に怒っていないことは疾うにわかっている。寧ろそれは最初からわかっていたけれど、それでも顔を上げられずにいるのは、罪悪感よりももっと他の何かが溢れ出て涙が止まらないのだ。あのネックレスはわたしにとってどんなに高価で希少なものより、ずっとずっと価値のあるものだったから。
「それが気に入ってたのならまた探して買ってこようか?」
「ちが、違うんですスティーブンさん」
 あれはあなたが初めてわたしに送ってくれたものだから。露天の安っぽい見た目だろうが、大して質の良いものでなくても、似たようなものを買ってきてくれてもそんなことは関係ないのだ。あれじゃないと意味がない。とんでもない我が儘だとわかっていたから、いつまで経っても泣き止めない理由だけ告げる。
「――あのさ」
「はい…?」
 すんと鼻をならしてやっとの思いで顔を上げる。覆い被さっていく影に、近づいてくるスティーブンさんの顔に今更気付いたってもう遅い。一拍置いて唇に熱を持つ感触を感じ、あまりに突然なことにすっかり涙も引っ込んでしまった。触れた唇がわなわなと震え頬は沸騰するように熱い。見上げた先のスティーブンさんの表情はいつもは大人の余裕と色気を多分に含めたものだと言うのに、垂れた眼(まなこ)がまるで愛おしげに緩んでいるのに気付いて益々恥ずかしくなる。
「す、スティーブンさん…!?」
「あんまり可愛いこと言わないでくれるかなあ」
 赤面を晒すわたしにちょっとだけ困ったような、あんまり見たことのないスティーブンさんの顔はまたもや近付いてきて、そして影は再び繋がっていく。「止まらなくなりそうだ」唇が触れ息が溶け合う度に共有する温度は長くなり、頬を伝う乾いた涙の跡すらスティーブンさんの唇が触れてそれを拭う。いつの間にか外されていた手のやりどころがスティーブンさんのスーツに向かい、縋りつくように握り締めたワイシャツに皺を作っていく。
「っあの、ネックレスが」
「ごめん、後で聞くから――今は俺に集中してくれ」
 一寸の猶予もなく飲み込まれた反論も吐息さえも、スティーブンさんの口付けひとつで享受してしまうのだからずるいと思う。頭がくらくらと熱に浮かされたように眩むのはきっと、フローリングの下で割れたコバルトブルーの欠片が、バルコニーから入り込んでくる日差しに反射してきらめいて眩しいからだけじゃない。

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