※続くかもしれない
※短い

 レオ君チョコ食べる?小粒のトリュフを人差し指で摘みながら、口元へ差し出してきたナマエにレオナルドは僅かにおののいた。昼休みに恒例のジャック&ロケッツ製ハンバーガーを持ち寄って、事務所のソファーでもそもそと食べていたレオナルドにとって、それは正に爆弾に等しい台詞だった。先まで油っぽいファストフードを齧っていた唇を舐める。瞬間的に自分へ降りかかる被害レーダーを察知して、レオナルドは呻くことも出来ずただ辺りを見渡した。がなり立てる携帯電話に呼び出されたスティーブンは今は席を外しており、また他のメンバーもまるで打ち合わせしたかのようなタイミングでいない。デジャヴを果てしなく感じる状況だ。ナマエに怪しまれない程度に動かしたレオナルドの目は、最終的にナマエに摘まれたままのチョコレートを一瞥した。ココアパウダーのかかったその一粒は芸術品のように美しい。見た目に違わず美味しいんだろうということはレオナルドでも容易に想像つく。ごくりと無意識に唾液を嚥下した喉が、この見るからに高価そうな甘いものを欲したのがわかった。
「…えっと、それどうしたんですか?」
「通り道にチョコレートのお店が出来たんだ。美味しそうだったから買ってきたの。レオ君にもお裾分けしようと思って」
 薄々わかってはいたけど既製品。レオナルドは安堵の溜め息を押し殺した。これで実は手作りでした!とかだったら本当に殺られかねない。なにも手作りが嫌だとか、ナマエが嫌いだとか食べたくないとかそんなちゃちな理由ではない。寧ろ美味しそうなチョコレートは涎が出そうな程食べてみたいし、ナマエの好意は純粋に嬉しい。それでもナマエの背後にいる存在が、レオナルドにとってとても恐ろしいから躊躇してしまう。だってこれはどう見ても誰から見ても「はい、あーん」の体勢なのだ。例え相手にそんな意図がなくとも、幼子にやるようなものだと思っていたとしても(それはそれで複雑だが)、それこそラブラブカップルや新婚ほやほやの夫婦がよくするようなイベントを、(恐らく)スティーブンより先に経験してしまえばまず絶対零度の視線は免れない。それどころか血凍道を使われるかも。行き過ぎた被害妄想だと気付かないレオナルドは、ギッタギタにされる自分を想像して口元をひきつらせる。申し訳ないけど断ろう!若しくは自分で摘もう!そう意気込みナマエへ視線を戻す。あ、と開きかけたレオナルドの口へなにかが入り込んだ。
「溶けちゃうから、はやく」
 開いた口にナマエのほそい指が入り、そのまま舌はチョコレートを舐めて食む。レオナルドの頭が真っ白になるより、その顔が沸騰したみたいに熱くなるより先に、ガチャリとドアノブは鳴って扉が開かれた。「あ、スティーブンさんお帰りなさい」レオナルドの口に指が入った状態のまま嬉しげにナマエが笑う。舌にとろけるガナッシュチョコレートの甘さを感じながら、レオナルドは自身の命の儚さを嘆いた。



 結論から言うと、レオナルドの危惧していた事態は起こらずに済んだ。というのは、レオナルドがあーだこーだ弁解をする前に事務所から放り出されたからだ。ドアの隙間から顔を出したスティーブンのやけににこやかな表情は暫く忘れられそうにない。右手に握らされた多めのチップと「わかるよな?」と言いたげなスティーブンの凍てついた目に、かつてない程の速さで首を縦に振りながら、レオナルドは被害を負う前に事務所から遠ざかることにした。そろりそろりとドアを引いて件の建物から出て、先程向けられた到底仲間内に見せる目じゃない視線に、うすら寒さを感じながらどう時間を潰そうか暫したたらを踏む。そこで漸くレオナルドは重大なこと――主に自分にとって――を思い出した。
「――ああっ!?ハンバーガー!」
 事務所のソファーに食べかけの昼食と財布が入った荷物は置きっぱなしだということに今更気づいて、レオナルドは自分の運の悪さに泣きたくなった。チップの量はチップの範囲内であるので新しく昼食も買えないだろう。レオナルドは一寸考えて昼食とスティーブンを秤にかけた。かけた瞬間に余裕でスティーブンの方に傾いたので、レオナルドは泣く泣く一食分を諦めることにした。レオナルドがいなくなった後のあの事務所で一体なにが起きているのか、想像するだけで恐ろしいが大体の予想はつく。邪魔でもしようものなら今度こそ矛先はこちらに向くだろう。ぎゅるると悲鳴を上げたお腹をさすりながら、レオナルドは自分の身を守ることを選んだ。さよなら僕のハンバーガー。

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