「パーティー?」
「そう、パーティー」
 スティーブンがぱらりと資料を捲りながら相槌を打った。適当に取り出したファイルを仕舞い深く椅子に座り直す。スティーブンは面倒そうに顔を顰めながら、今朝届いたばかりだという招待状を手にとった。
「ライブラにスポンサーがいることは知っているだろう?その内の一人が主催したパーティーらしくてね、ご丁寧にウチにまでカードを送ってきた」
 金の縁取りがされた、如何にも高級そうな紙には同伴必須の文字。ひらひらと人差し指で摘んだ紙を泳がせながらスティーブンはわざとらしく息を吐く。まだ理解出来ていないナマエへ向かって仕方無さそうな顔を作ることも忘れない。
「こうしたパーティーにも招待状が送られたからには行かなきゃいけないんだ、面倒臭いことに」
「へえ、そうなんですか」
「そこでだ。僕は君に同伴を頼みたいと思っている」
 ナマエの大きな目が瞬いた。予想外の事態に頭がついていかないようで、中途半端に開いた口は空気しか生み出さない。てっきり自分には関係ないことだと思っていたのだろう、何故?と疑問が飛び出る前にスティーブンは用意していた答えをすらすら口に出す。
「チェインは別件で任務があるし、K・Kに頼めば頼んだ側から素気なく断られそうだ。それに彼女には家族もいるからね、同じライブラのメンバーで条件が一致するのはナマエしかいないんだ」
 詭弁だ。スティーブンはにっこり微笑みを作り逃げ道を順当に塞いでいった。変に真面目な彼女のことだから、きっとうんうん唸って戸惑いながらも了承するだろう。それでも一応を考えて駄目押しをする。「これも仕事だと思ってやってくれないかな?」優雅な動作で指を組みじっとナマエの方を見つめてやると、途端に血色の良くなった頬が既に答えを現しているのがわかった。体を石のように固くさせたナマエが強張った面持ちで頷く。
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
 ナマエと知り合ってまだそれ程月日は経っていないが、スティーブンはナマエが自分と押しに弱いことをよく知っていた。



 どこぞのホテルを会場にした華美な内装はとても個人的なパーティーとは思えない。実際招待されているのはそのスポンサーと繋がりのある企業の社長だとか、懇意にしてる取引先、はたまたテレビでいま引っ張りだこの歌手など招待客だけで充分華やかに見える。個人的だとは書いてあったが、招待客側の方にはそれぞれ思惑がありそうだ。コネとかパイプとかそういう類の。きらびやかな雰囲気は慣れてはいるが、特段楽しいとは思えない。着飾ったナマエを隣に待らせるのはそこそこ楽しいが、あまり衆目に晒したくもない気もする。今すぐ帰りたくなるのを我慢してナマエの方を見やった。同伴の文字を見つけたとき、既にスティーブンにはナマエしか選択肢がなかった――とまでは大袈裟だが、それでも適任だと思ったのは本当だ。ああ見えてナマエはお嬢様な訳だし礼儀や食事マナーもちゃんとしている、こういったパーティーにだって父親に連れられて何度か参加したこともある筈だ。実際、ドレスはどうしようかと悩んだスティーブンに「送ってきて貰います」と言ったのはナマエの方だ。しかし実家の方から届いたらしい、コーンフラワーブルーのイブニングドレスを纏ったナマエは、スティーブンから見てもみるからにガチガチに緊張していた。招待状の確認をしたホテルマンが「どうぞ」と会場の扉を開く。同時にナマエの肩が僅かに跳ねる。スティーブンは一歩後ろで縮こまっているナマエを見てやれやれと息を吐き、半ば無理矢理腕を組ませながら笑顔を作った。これではスマートな対応も期待出来ないな。慣れているんじゃなかったのか?
「君、緊張し過ぎだろう。パーティーは初めてじゃないんだろ?」
「そうですけど、パーティー自体久しぶりですし…」
 もごもごと口を動かす。同伴の相手がスティーブンさんだから緊張するんですとは言える筈もない。ナマエは安易に了承したことにちょっと後悔した。
「ああ、もういい。仕方ないからとりあえず挨拶だけでも早めに終わらせよう」
「は、はい」
 小声で会話を交わしながらナマエをリードしていく。目的地は最初から決まっているようで、スティーブンはスイスイと人と人の間をすり抜けながら、元凶の主催者の元にさり気なく前へ出た。履き慣れていないパンプスの所為でつっかけかけるナマエの腰を支えることを忘れない辺り、完璧だ。図らずも密着する形となってしまい、ナマエは頬をうすく赤らめる。初々しい反応に吊り上がりかける口元の緩みを抑えたスティーブンが、頬にかかった、さらりと揺れるストレートの髪を払ってやる。益々羞恥を感じたようで、ぎゅうとスティーブンの腕を両手で抱き締めるナマエに、内心どきりとしながら体勢を整えた。あくまで余裕を見せなきゃいけない相手にマナーの欠いた姿はマイナスポイントだ。萎縮するなとは言わないが、せめてそうやってしがみつくのは止めて欲しい。どうせならそういう可愛い仕草は二人っきりのときにやって貰いたいものだ。
「ミスタ・スターフェイズ、楽しんでくれてるかね?」
「ええ、この度はお招き頂き有り難うございます」
 助演男優賞でも取れそうな演技だ。心にもないことを言っていると気付いたナマエが、少しばかりぎょっとさせる。
「そうかね!そう言って貰えると招待した甲斐があるよ。ところでそちらのお嬢さんは?」
 スティーブンがさらりと爆弾を投げかけた。
「僕の婚約者です。同伴として彼女以外の適任者はいないと思いまして」
 え!?と驚きに大声を上げそうになったナマエを横目で黙殺したスティーブンが、にこやかな調子のまま会話を続ける。まるで恋人同士がするように、密着した体を良いことにぐっと肩を引き寄せる。仲睦まじさを見せつけると途端にニヤケ顔になった男がほう!と大袈裟に感嘆の声を出した。スティーブンをいたく気に入っているらしい男はシャンパンを飲み干し、それから赤らんだ顔でナマエをじろじろと不躾に眺める。その視線に気付いたスティーブンが失礼にならない程度でナマエを後ろへ追いやった。ああ、不愉快だ。
「成る程、彼女が君のミニョンヌって訳か」
「ええ、そうですね」
 突然飛び込んできた聞き慣れない言葉にナマエは内心で首を傾げ、ただ不安のままに絡んだスティーブンの腕に身体を寄せる。いつもならばしない大胆な行動も、緊張から無意識に出たものなんだろう。全く心臓に悪い。二つ三つ社交辞令だけの会話を交わして「結婚式には是非呼んでくれ」男がそうスティーブンへ最後に告げると知人なのだろう他の招待客のもとへ歩いていった。解放されたようにほっと息を吐くナマエの姿に、スティーブンよりも頭二個分低いナマエの頭を見ながら、未だにクエスチョンマークを浮かべた様子のナマエの耳元へ口を寄せる。吐息すら温度まで感じる程近付けば、わかりやすく頬に朱がさしたナマエを心中笑い、それからたった一言を甘ったるい声色で囁く。
「僕の“かわいい人”」
 からかうように笑ったスティーブンはこれ以上ない程確信犯だ。他の招待客に訝しまれることのないようにと一瞬で顔を離したスティーブンに対し、ナマエはというと壮絶な色気と理解した台詞を真っ向から食らって、くらくらとキャパオーバーを起こしている。ナマエの柳腰へさり気なく手を添え、人目を避けながら余裕たっぷりに歩いていくスティーブンにナマエは少しの戸惑いを覚えた。そもそも婚約者として紹介するなんて聞いてないのに、あれではきっと勘違いされたままだ。どうしよう?リードする振りをして壁際まで移動させたスティーブンに恐れながら疑問をぶつけると、なにか支障でも?と言わんばかりに逆に問いかけられた。
「えっ、だって…」
「今のところ僕にそういった特別な人もいないし、かと言って形だけでの同伴は色々と面倒だ。ああ言った方がこの場で不自然ではない、そうだろう?」
 あれ?そうなの?そうするのが正解なの?じわじわと自分が丸め込まれかけてる自覚のないナマエは、そういうものなんですねと生真面目に頷いた。恥ずかしさも嬉しさも綯い交ぜになった複雑な心境だが、仕事の為ならばいま逃げ出しそうになる足も堪えなきゃいけない。すぐ赤面しそうになるのも抑えなくては。近頃はスティーブンさんの気紛れに振り回されっ放しだ。頑張ります!と意気込んだナマエに向かって、スティーブンはついでと言わんばかりに、もうひとつ特大の爆弾を落とした。
「それと、そのドレスもよく似合ってるよ。僕以外誰にも見せたくないと思う程には」
 ナマエの決意はあえなく頓挫した。

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