大切なものは作らないつもりでいた。
 スティーブンにとって大切だと認めるのはクラウスとライブラという組織であり、それ以外に無闇矢鱈に作るのは良しとしない。己の弱点となるものをどうして好き好んで作ると思う?だがクラウスならきっと違うだろう。大切な人を弱点などという解釈すらしない筈だ。全て含めて守ってみせると言うだろうし実際実行出来るだけの力を持っている。だけどスティーブンはそう豪語出来る程自分の力を過信していた訳でも、守れると驕っている訳でもなかった。スティーブンは組織の為ならどんなに非道なことでも手を染めれるし、他人どころか自分の顔すら利用する。昨日酒を交わした友人でも裏切られれば躊躇なく切り捨てることが出来る。そういう人間だとよくよく自覚していたから、数え切れない程恨みを買っているとわかっていたから作りたくないのだ。
「お疲れ様です、スティーブンさん」
 欲をぶつける相手ならいくらでもいる。心の内を見せたくなどないし見せる予定もない。それなのに今こんなにもその信念が揺れ動いている自分に、誰よりもスティーブン本人が戸惑っていた。最初は面倒以外の何物でもなくて、しかも大口のスポンサーの娘なのだから無碍に扱うことも出来ず仕事を教えている間中ずっと笑みを貼り付けていたような気がする。余計な仕事は増えて苛々は募るがライブラの資金源の一部をなくすことは出来ないので、まるで接待かと言いたくなる程には丁寧に接していた。
「…スティーブンさん?」
 同情はしていたかもしれない。一種の社会勉強だと言われたみたいだがあれでは体よく追っ払われたに過ぎない。彼女の父親が養子を取ったのはライブラに彼女が入った直後の話なのだから、こちらに荷物を押し付けたつもりなのだろう。全く持って迷惑だと思っていた筈なのに、あの日いつになく卑屈になるものだからと、柄にもなくあんな台詞をかけてしまったのはきっと資金源の心配だけじゃなかった。「追い出したいとかそんな風に思わない」嘘ではない。面倒だとも迷惑だとも思いはしたが、お金はきちんと受け取ってしまっている訳だから追い出そうとまで思わない。だけどあのときのは違ってそういう意味で慰めた訳でなく、ナマエのまるで自分はライブラの一員じゃないみたいな言い方に苛々して――そしていつの間にかナマエをライブラの一員として認めている自分にまたもや戸惑って――この感情がわからぬ程スティーブンは子供ではなかった。優しく教えようが笑みを見せようが、何が気に入らないのか目を合わせようとしないナマエに苛つき始めたのも、思えばきっかけだったのだろうか?自分にはびくびくと怯えて目も合わせない癖にクラウスやチェイン、果てはザップにも気兼ねなく話しているようでそれに益々苛々して、大人気ないと思いつつザップには近付かないようになんて理由付けして注意までしてしまっている自分が信じられない。果てはナマエの黒髪が揺れる度その頭を撫でてみたら一体どう反応するのか考えていたり、華奢で白魚のように白く小さな手に触れてみたいだの、まるで思春期丸出しの中学生みたいな思考に自覚するなと言う方が難しいだろう。
「スティーブンさん!」
「っナマエ?」
「さっきから呼びかけても答えないので心配しました。どうかしたんですか?」
「いや、何でもないよ。ちょっとぼーっとしてたみたいだ」
 それならいいんですけど、なんて笑みを零すナマエに愛おしさを感じたのはいつからだろう。いつの間にか合うようになっていた視線に嬉しく思ったのも、何気ない会話が増えたのも――ああ本当に馬鹿みたいだ。
 大切な人を作るつもりなどなかった。恨みばかり買ってきた自分に巻き込みたくなどないし、いざとなれば自分はその大切な人よりクラウスやライブラを優先する。組織の為なら止められても非道なことを平気でするだろうし、情報の為に自分の顔を利用することも止めない。最低な男だ。それなのに、誰かの為に生きられないなら作るべきでないとわかっていると言いつつ、どうやっても諦めるつもりがない自分の本心に笑ってしまう。今はまだそれでいい。こんな男に捕まってしまうのは可哀想だからと、逃げ場は与えてやるつもりでいる。でもその手がひとたび俺に向けられるならもう遠慮なんてする必要もない。そうだろう?ゆるゆると笑うナマエの頭へ手を伸ばし軽く撫でてやる。ぐしゃりと皺を作る書類と、隠しているつもりで隠せていない真っ赤なナマエの顔があんまり可愛いものだから、やっぱり逃げ場なんて無くしてしまおうかと思い直した。

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