血界の眷属(ブラッドブリード)が現れたのは全くの偶然であり最悪のパターンだった。だからその報告を受けたとき、別件の仕事をしていたスティーブンが現場に向かうのは当然と言えたし、徹夜明けだろうが頭は嫌に醒めていたので問題ないだろうと勝手な判断を降ろしたのだ――ナマエに庇われるまでは。ナマエは一般人だ。ライブラとは全く繋がりもないしスティーブンも関わらせようとはせず、またスティーブン自身もただの会社員だと身分を詐称していた。それが正しいと思っていたし、巻き込みたくないというスティーブンの思いがそうさせたのだが、つまりはナマエはスティーブンが戦闘能力を持たないただの人間だと思い込んでいて――迫り来る血界の眷属の刃と、迎え撃とうとするスティーブンの間に入り込んできたナマエが思い切りスティーブンを庇うように突き倒したのも、全ての思惑が裏に出たスティーブンにとって最悪の誤算だったのだ。腑を貫く刃を引き抜かれ、絶え間なく流れる血は瓦礫ばかりの地面に水溜まりを作る。「ナマエ!」叫ぶような声が無意識に出て、それに驚くライブラのメンバーらの反応など既にスティーブンの眼中になかった。触れた血もナマエの青白い肌もまだ温いのにその双眸は動かない。光を失っていく、いつもは星の飛礫が見える程にきらめく瞳が色を無くしていく。本来ならば庇う側である筈の人間が生き庇われる立場の人間が死んでいく。平常さを失ったスティーブンがきつくナマエの小さな手を握り締め、幾度名を呼んでも温もりすら返ってくることはなかった。
「スティーブン!」
 聞き慣れた声にはっと瞼を持ち上げれば、眉を下げたナマエがスティーブンを見てほっと息を吐いたのが見える。
「魘されていたけどどうしたの?」
「ナマエ」
 カーテンの隙間から光が差し込まないことからまだ明け方でもない時間に、起こしてしまったのだと気付いても抑えることが出来なかった。まだ現実と夢の境目を行ったり来たりしているスティーブンの眼には、頼りないこのナマエの腕が自分を守ったのだと、そう錯覚して思わず力任せに引き寄せる。「うわっ」と色気の欠片もない悲鳴を漏らしたナマエを余所に、スティーブンはただ黙って彼女の細くて小さな身体をきつく抱き締めた。あのとき感じることの出来なかった温もりを思い出すかのように、もう忘れることのないように強く。スティーブンの身体に挟まれぎゅうぎゅう詰めとなったナマエが、真意をはかりかねた様子で静かにスティーブンの名を呼ぶ。
「スティーブン?」
「ああ――悪い夢を見ていたみたいだ」
 スティーブンが幾分か下にあるナマエの髪を撫で頭頂部に下顎を乗せる。さらさらと手触りの良いナマエの髪は、スティーブンの要望で伸ばしっぱなしだった。
「寝かせてやれなくて悪いけど、もう少しこのままでいいかな?」
 ちっとも悪いとは思ってなさそうな声色とつける意味を感じない疑問符に反論を上げかけるも、ナマエは寸でのところでそれを押し込んだ。代わりと言わんばかり抱き締められた状態のまま腕だけを抜け出させて、スティーブンの背中をまるで赤子にやるかのように撫でていく。規則的なリズムで撫でてやると益々身体を拘束する力が強くなった為、顔は見えずともお気に召したことが充分わかった。
「途中で寝ちゃったらごめんね」
「いや、寧ろ僕の方が寝そうだよ」
 でも今度はとびきり良い夢が見れそうだ――と普段言いそうもない冗談を零すから、ナマエはとうとう堪えきれずに吹き出してしまう。午前三時のベッドのシーツ上で、二人して欠伸を噛み殺しながらまだもう少しこのままでと、互いの温もりだけを手繰り寄せた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -