「悪い」
 そう言われてわたしは何を返せば良いのだろう。どんな風に返せたら正解だったのかわからない。目の前のこの人は、土方さんは、たったその二文字だけで関係を終わらせるつもりなのだろうか。だとしたら、わたしはどうすればいいの。
「ごめん、わたし、何かしたかな?土方さんが気に入らない所あったら直すから…」
「違ェよ」
 震えた指先をさっと隠して笑うわたしに、土方さんは冗談の一欠片も入り混じってないような顔で追い打ちをかけてくる。いつも煙草は控えた方がいいというわたしを無視してヘビースモーカーばりに吸っていた土方さんが、今日ばかりは煙草を探す素振りすらしないことに心がささくれ立つ。
「好きな奴が出来た」
 知ってる、知ってるよ。いつからか土方さんはあの人のこと目で追うようになっていたことぐらい。わたしはずっと土方さんばかり見ていたからすぐに気付いた。でも認めたくなくて、只の勘違いで済ませたくてずっと目を逸らして、なのに避けられなかったみたい。馬鹿馬鹿しくて思わず乾いた笑みが漏れる。いっそのことあの人と浮気でもしてくれたら、わたしは思い切り罵倒することが出来るのに。出会った頃に戻って、土方さんの不器用な告白を頭の中で何度も何度も再生する。その度色褪せていくけれど、それでもそうしている間は心穏やかであれた。土方さんの心が離れていっているのに気付かない振りして、自分は愛されていると妄信し続けた。あの人は美人で、優しくて、守ってあげたくなるような人。そんな人には適わないからと、土方さんからの愛情を優越感の材料にした馬鹿で醜い女。最初から、どちらを選ぶかなんて誰もがわかっていることじゃないか。
「かえって」
 そう告げるのが精一杯だった。煙草の匂いのしない部屋に寂しさを感じた自分を嘲って、それから誰も聞いてないからと泣きじゃくった。部屋から土方さんが去って、譫言のように好きと素直な気持ちを吐露した。帰ってなんて嘘、お願い行かないで、あの人と一緒にならないで。泣き声と共に落ちて消えた言葉が身勝手な願いだとわかっている。だから一人になりたくて、一人だからこんな汚い気持ちを吐き出せた。ひくつく咽喉が掠れた声を零す。
 最初から、鍵は開いてるの。だからドアを開けて、それからどうか、わたしの名前を呼んで。
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