少しだけ盛り上げられた土の塊に、角張った小さな石を置いたそれは棺桶も骨壺もない簡素な墓に見立てられていた。墓前を見れば、戦場には似つかわしくない、白い花がたおやかに添えられ揺れている。この墓を作ったのは誰なのか、見当はついていた。確信を持てるのはここで死んだ一人が彼女の婚約者であっただろうからか。荒れた土に両膝をつき、黙祷を捧げていると戸惑うようなか細い声が背中に向けられた。
「マスタング少佐、何故このような場所に…」
「君も少佐だろう、堅苦しい敬語はなしでいい」
 彼女の問いを流して答えると、一瞬言葉に詰まったような顔をして表情を暗くさせる。視線を下に移せば彼女の右手には墓前にある花と同じ白い花が、数本束ねられていた。両膝をついた体制から立ち上がり、道をあけると呟くようなお礼が返ってくる。軍服についた土を払い落とすと既に彼女は先刻私がしたように両膝をつき、花を石の前に添えて黙祷を捧げていた。
「イシュヴァール人に殺されていたの」
「…」
「隠し持っていた武器で背中からあの人は…」
 わたしがいれば何か変わったかもしれないのに、と肩を震わす彼女に向かって、その可能性は低いだろうとは言えなかった。現実を突きつけたとしても、今の状況は変わらなく思い知らされるだけだ。
「一方的な戦争を始めたのはわたし達で、沢山のイシュヴァール人を殺して沢山の恨みや怒りをかってきて、道理だとわかってる。生きるためだと」
「でも、どうしても、許せない…!」
 黙祷をしていた手で顔を覆い咽び泣く彼女は深い悲しみと、イシュヴァール人に対しての憎悪で溢れていた。背中から刺されただけなら遺体を回収出来た筈、それが出来なかったのは恨みを晴らさんばかりと多くのイシュヴァール人がかの婚約者の遺体を辱めたのが原因であった。気の済むまで痛めつけた遺体を、最終的に溝へ捨てたと、彼女に殺される直前イシュヴァール人の一人は吐いた。
 婚約者を失い、遺体すら残らず、戦中のためまともな墓一つ建てることも出来ない。得たのは錬金術師としての技術と人の殺し方ばかりで、失ったものが圧倒的に多かったこの戦争はまるで悪夢だった。一人で泣き続ける彼女を見ながら、随分と痩せた華奢な肩を、抱き寄せて慰めてやりたいと思うのはきっと同情からでも同じ錬金術師だからでもない。己の無力さを痛感しながら、彼女の悪夢が早く終われば良いと思った。
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