泣くな、と言う斎藤さんの声が聞こえる。珍しく狼狽えているような、手のかかる稚子を相手取るような、そんな様子の色を含ませた斎藤さんの目がわたしの視界の端でちらちらと見え隠れしている。二度も見られぬような斎藤さんの表情に貴重だと揶揄する余裕は今のわたしに残ってはおらず、おろおろする斎藤さんを横に只々咽び泣くしかなく、ひくつく喉と相談しながらぽつぽつと言葉を漏らした。
「お、きたさんがっ、ね」
「総司に何かされたのか」
「折角一刻も、待って、買った豆大福をねっ、全部食べちゃったの…!」
「…」
「今度何時買え、るかわかんっない、のに」
 あそこの豆大福、すごい人気で今回のもやっと買えたやつなのに!わたしが悔しさと怒りと悲しみを声に滲ませながら、共感して欲しくてそう告げるとそこには心配どころか呆れを全面に出した表情の斎藤さんしかいなかった。
「…まさか、豆大福のことだけで俺を呼んだのか?」
「…え?うん」
 目をぱちくりさせて肯定の意を示すと、斎藤さんの雰囲気ががらりとかわる。背の辺りから憤りを感じさせる斎藤さんの様子にわたしは慌てて言い繕った。「ち、ちがっ…それもだけど、最近会えてなかったから、斎藤さんに会いたくて」嘘ではない。十割本当でないだけで、嘘ではないよ!冷や汗が伝うのを感じながら甘えた素振りを見せる。豆大福を食べられ豆銀が結果的に無駄になった悔しさの衝動のまま斎藤さんをこんな夜更けに呼んだとか、絶対言えないな。そう思いながら正面に座っている斎藤さんを見据えると、それはもう長い溜息を吐いて疲れたように頭を抱えていた。
「…こんな夜更けに、自分の部屋に男を招き入れることがどういうことかわかっているのか?」
 す、と体を近付けた斎藤さんの端正な顔が間近に見える。「でも」目を逸らしつつ言い訳を探すわたしに少し頬を赤らめた斎藤さんが五月蝿いとでも言うようにゆっくりと唇を塞いだ。
「呼ぶのも、部屋に入れるのも、甘えるのも…俺だけにしろ」
 その言葉と共に、わたしの体が優しく押し倒される。抵抗はしなかった。本当はちょっと、ほんのちょっとだけ期待してたとか、言えない。
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