しんしんと降り続ける冬がわたしの視界を覆っていく。すっかり温度をなくした指先で掌を擦ると、申し訳程度の温かさが生まれてはすぐに消えていく。こんな日は熱燗を煽りたい。そんな想いから徳利が欲しいーなんてぼやいていれば土方さんに頭をこつかれる。他の隊士や沖田隊長にやるのとは違う、加減した痛くない叩き方。不器用な優しさには気付いているのに、いざ土方さんを前にするとひねくれた可愛くないわたしがひょっこり顔を出してくる。
「脳細胞が死滅するんですけど」
「見回り中に親父臭ェこと言ってんじゃねーよ。そのまま死滅しとけ」
 恨めしげに見上げたわたしが土方さんの目に映っている。嫌がらせのつもりで寒い死ぬばかり言っていると、流石に五月蝿かったのか怒鳴られた。頭をさすりながら土方さんの一歩後ろを歩くわたしを見て、土方さんは何やら思いついたような顔をしながら見覚えのない屋台へ入っていく。赤提灯におでんと書かれたそれが妙に古臭くて懐かしい。そう時間も経たない内に土方さんがこちらへ戻ってきたその手には両手にほかほかの牛スジの串が一本ずつ。本当はわたしはおでんの中で玉子が一番好きなんだけど、滅多にない土方さんの奢りなので素直に受け取って素直にお礼を言えばいきなりどうしたんだと驚かれた。失礼すぎる。悴んだ手で牛スジの串を受け取り、はふはふと息をしてかじりついた牛スジは、じゅわっと出汁が効いていてとても美味しい。わたしの隣で牛スジに大量のマヨネーズをかけている味覚音痴は出来るだけ見ないようにして、熱々を頬張った。折角の牛スジを戻したくはない。口寂しさは紛らわせたけど余計に熱燗が飲みたくなったのでこれでは逆効果な気がするものの、黙って咀嚼していく。見回り終わったら早速一本開けちゃおうかな、とっておきの日本酒あるんだよな〜と気持ちは既に屯所に帰った後のことばかりである。そうだ、土方さんも誘っちゃおうかな。最近土方さん仕事ばっかりで休めてないし夜二人っきりでちびちび熱燗飲むのも中々乙だと思うんだよね、月が出てたらもっと最高なんだけど。あっ勿論おつまみは土方さん持ちで!わたしイカの塩辛食べたいです!書類仕事を黙々とこなしていた土方さんの背中に突撃する。あのときみたいに軽くこつく感じでなく、今度は割と本気で殴られた。土方さんの右手には筆があったから、多分わたしが突撃したせいで何枚か駄目にしたんだろう。その証拠に土方さんの額には青筋が浮かんでいる。土方さんもそろそろ休みましょうよ!ほら、今日見回りのとき熱燗飲みたいって言ったじゃないですか!雲がはれていい感じの夜景になってますよ!徳利を持ち上げて土方さんに見せると、諦めたように筆を文机に置く。縁側に続く障子を開けば少しだけ欠けた月が中庭を明るく照らしていた。土方さんの好みは知らないので上燗と迷ったけど、完全に自分の好みと勝手なイメージで熱燗にしてしまったが、どうやら正解だったようだ。特に何も言わず飲んでいるので、心の中でガッツポーズしながらわたしもお猪口に移した熱燗を飲む。自然と沈黙の空気が続いているけれどどこにも気まずさはなく、寧ろ居心地が良い。「土方さん」わたしの声に珍しくぼうっとしていた土方さんが振り返る。「わたし、一生土方さんについていきますから」お酒のせいか珍しく本音がするりとこぼれ落ちた。おかしいな、わたしそこそこお酒には強い筈なんだけど、もしかして雰囲気に酔っているのかも。土方さんの方を向けば呆気にとられた間抜けな表情がそこにはあって、思わず吹き出してしまった。わたしの笑い声にムッと顔をしかめた土方さんが、ぺちぺち頭を叩いてくるけどさっきのに比べれば痛くも痒くもない上に、照れ隠しだとわかってしまったから緩む頬を抑えきれない。土方さんってストレートな言葉に弱いタイプ?まあ土方さん自身好きだの愛してるだの言ってるところは想像出来ないけど。ああでも、ミツバさんにはするのかな。ミツバさんが亡くなって大分経つけど、未だわたしが入れない境界線というのは存在して、そこでは土方さんはミツバさんしか見ていないし、ミツバさんもきっと土方さんしか見ていないんだろうなあなんて考えていると、段々気が沈んでくる。最初から諦めてたし土方さんと付き合いたいなんて恐れ多いこと思ってなかったけど、やっぱりかなわないって思っちゃうんだよな。わたしの隣にいる当の本人は、わたしの気持ちなど知らずに「変なモンでも食ったか」なんて余計な心配してるけど。不器用な優しさも、わたしをこつく手も、他の隊士には向けないちょっとだけわたしには甘いところも、全部狡いなって思ってしまう。そんなことするから余計にわたしは諦められなくなるんですよ。あの人の命日になる度土方さんにはまだミツバさんが色褪せず残ってるんだなって実感してしまって、結局苦しくなるのはわたしなのに。

 本当に、狡い人。

 二人で飲み交わした夜から数日が経ち、わたしに過激派攘夷志士の血縁がいるというのは最近わかったことで、わたしを捨てた両親のことなんて今更どうでも良かったけど世間はそうもいかない訳で。お上からわたしが間者である可能性を疑われ、それはまあ近藤さんが掛け合ってくれたお陰で只の誤解であるとわかってもらえたが、わたしの両親はわたしの知らぬ間に幕府の要人を数人殺してしまったらしく、そのとばっちりの行き先はわたしに向かってしまった。わたしが今まで真選組に仕え幕府に貢献してきたのと、元々罪人でないことから打ち首にはならず切腹を許してもらえたが、その配慮するくらいなら生かしてくれって思う。わたしに日時指定の処罰の紙が届くと、近藤さんがそんな馬鹿な話があるかとまたもやお上へ抗議しに行ったり、まさかあの土方さんまでついていったのは吃驚したがどうやら二人がかりでも駄目だったらしい。二人して沈んだ表情で帰ってきたから悟ってしまった。近藤さんに至っては半泣きである。こんなのおかしいとわたしと仲の良かった隊士達も、抗議しに行こうとしたが流石にそれは止めた。あんまり擁護が過ぎると真選組は只の血縁とは言え、攘夷志士の親を持つ隊士を庇い立てするのかと、あらぬ疑いをかけられたり騒動を大きくするのはよくない。それは土方さんにもわかっていたのか、最初に抗議をしに言ってからわたしに下された処罰にそれ以上何も言ってこなかったし、隊士らにも抗議は不要とのお達しをした。他人から見れば一見冷酷とも言える土方さんの行動に、不満を言う人は少なからず居たけれど、土方さんのとった行動はこれからの真選組を守るためであって何ら間違ってなどいないのだ。だからわたしは安心して、介錯を土方さんに頼んだ。介錯を頼むとき、重い空気にしたくなくてわざと明るく振る舞っていたけれど、土方さんには全然通じなくて結局空気が沈んでしまった。「お前が死ぬことで、見せしめも入っている」長い息を吐き出した土方さんはここ最近で一番疲れているようだった。わたしとしてはそんなこととっくに気付いてるし何を今更って思ってしまったけど、多分わたしの処罰にわたし以上に気にかけてるのはこの人なんだろう。出来るだけ苦しませずに、骨まで斬ってやるよ。そう言ったときの土方さんの顔は、もう土方十四郎でなく鬼の副長としての仮面を被っていた。わたしが死ななければいけない前日にはみんながお別れ会を開いてくれて、近藤さんなんか終始泣きっぱなしだし沖田隊長はこんなときでも相変わらず意地悪だし、でもしんみりとはせず賑やかでいつも通りでそれがなんだが嬉しかった。やがてお酒の量も減りみんなの酔いが回ったところでおひらきになり、その場で沖田隊長に餞別だと賞味期限が今日のお饅頭を貰ったはいいが正直かなり微妙だったので、背後のバズーカがチラ見えさえしてなければ突っ返してたと思う。結局沖田隊長は最後のときまであんな感じだったけど、たまにはわたしを思い出してくれたらなあって、近藤さんも泣くのはいいけど鼻水つけないでくれたらなって。墓参りしろとか我が儘言わないから、彼らの中にふと思い出すわたしがいてくれたらいいなって、そう思うんです。真選組に入ったときから死ぬ覚悟は出来てたし、わたし自身は何もしていないって堂々と言えるから、特に思い残したことはないんですけど一つの願望として、真選組のために死ねなかったのが唯一の心残りでした。いざというとき貴方の盾になって死ねたら、きっと幸せだなってそう思っちゃったんです。幸せに死ねる方法なんてないと思ってましたけど、今ならそう胸張って言えます。土方さんにわたしの魂まで背負って貰うのは心苦しいんですが、わたしの一生に一度の我が儘なんですから。女であるわたしが微力ながらも真選組に、貴方に貢献出来たと言うのならもう何も悔いはありません。…あっでも待ってそうそれから最後に、言いたかったことがあるんです。ずっとずっと胸の内に隠して置こうと思ってたんですけど、やっぱり言っちゃいますね。一生に二度目の、正真正銘最後のわたしの我が儘です。
「すき」
 笑った女の首が、しんしんと降り積もる冬に落ちて沈んでいく。名前と無意識に女の名前を呼んでも、もう応える声はどこにも聞こえない。あいつがいつもしているように、温度をなくした指先で掌を擦ってみたけれど、何の暖かさも生まず刀を取り落としてしまう。仕事より酒ばっかりで特に熱燗が好きという親父臭い趣味を持っていたあいつは、俺が熱燗より上燗が好きということはきっと知らないだろう。俺があいつに合わせて飲んでいたから多分俺も熱燗派だと思われてる筈だ。夜中に度々付き合わされた酒も、名前とならまあいいかと思ってわざわざ仕事をしながら待っていたときもあった。俺がよく叩いたりこついたりしていた名前の小さい頭が、雪の中で埋もれていく。本当はあのとき、ここから逃がしてやろうと思ってしまった。名前が俺に介錯を頼んだとき、嫌なら逃げていいんだと真選組の副長にあるまじき言葉を言ってしまいそうになった。でもあいつは決して逃げようとはしなかったし自分に下された処罰を粛々と受け止めていたから、俺はもう何も言えず、せめて苦しまないよう一思いに切り落としてやろうと思った。
 なあ、お前が死んでも明日はくるし変わらず仕事は忙しいし近藤さんはいつも通りストーカーでもするんだろうし、総悟は総悟で俺への呪いを込めながらバズーカぶっ放すんだろう。山崎もミントンの練習とか知らねェけどしてるんだろう。でもいつも俺の目に届く所にいたお前が、俺の近くにいないとそんな光景ですら違和感を感じちまうんだ。ふと後ろを振り向くと奴らと一緒になって笑ってたお前がいないと、どうにも不自然に見えるんだ。死んでから気づくなんて馬鹿だと思うだろ。確かに俺は馬鹿だったが、お前も大抵の馬鹿だよ。俺はどうせ死んでも地獄行きだが、お前が例え天国行きでも言い逃げは許さねェからな。もしあのときの言葉がまだ時効を迎えてないのなら、お前を引きずり込んで抱き締めてやる。
 そして、一緒に地獄に落ちよう。

冬/20140516
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