「や、その節はどうも」
こうも白々しく人に声をかけることができるものだろうか。子どもと年寄りがもう眠りに付いた頃、カカシ先輩は里の入り口にぼんやりと立ち、私が丁度任務に出るところにはち合わせた。訊けば、後からガイ班が遅れて帰ることになっているらしい。
「…で、まあそれを待ってるってわけだな」
続けてカカシ先輩は、良い満月だねえ、と呟いた。
6 先輩
カカシ先輩が退院していたことを、私は今本人に会って初めて知ったのだった。どこからか噂が耳に入ってもいいものだろうに。しかし一番の情報源であるテンゾウとも、ここ数週間会っていない。正規と暗部の任務体系が、なるほどここまで異なるとは。あっぱれ、見事なすれ違いだった。それでも週に数回は、玄関のドアノブに野菜が袋に入って引っ掛けられていた。顔は見ないが、きちんと生きているようだ。
「前に会った時よりも、すっきりした顔してる」
「私そんなに浮腫んでましたか」
「んーまあ多少な」
睨み上げる仕草をすると、カカシ先輩が、マスクの下で微笑んだ。分かりづらい冗談とごまかしばかりなところは、ずっと変わらない。
「誰かとのわだかまりがどうにかなったかな」
「…………分かってて言ってるでしょう」
「ははは、ま、何も知らないのは事実だが、顔を見れば大体な」
「ほんとに意地が悪いですよね、サタンって呼びましょうか」
「え…そこまでじゃないでしょ、さすがに」
確かに、テンゾウとの関係は未だ曖昧ではあるけれど、ただ私が彼を好きだということ、彼も私を思っているであろうことを、私は信じることにしたのだ。2回目のキスも、手の温もりも、幻術でもない限り、嘘ではないと。
「じゃ、オレが話すまでもないか」
「…なにをです」
「オレがお前たちに、暗部脱退を知らせなかった理由だよ」
私の場所から、カカシ先輩の顔は見ることができない。マスクに覆われた横顔の、その奥は、どんな色をしているのだろう。
お前たち、と先輩は言った。私の心を見透かすように、テンゾウと、お前だよ、とカカシ先輩は付け加えた。脱退は極秘事項だからでしょう。ま、それもあるな。タイミングとか。んーまあなくはないな。カカシ先輩は要領を得ない。
「………別に死ぬわけじゃないから、でしょ」
あの日病室で、カカシ先輩はそう言ったのだ。
「死なない自信があるから、言わなかったんでしょ」
「これから死ぬだなんて誰が言いますか、って言ってたね、お前」
「…もう、なんなんですか」
「逆だよ」
「…逆って」
推し量るように、木々が声を顰めている。こっちを見たカカシ先輩の右目が、闇と月を抱え込んで、すこし揺れた。
「死ぬかもしれないから、言わなかったんだ」
20130801
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