彼のもとへ走りながら私は、これからどうするのだろう、と思っていた。私がこの思いを認めたら、私たちはこれからどうするのだろう、と。ぼんやりとしていた。私が今、姉として、女として、どちらとして走っているのかは全くはっきりとしないところだった。ただ、どちらの私も、テンゾウのことだけを想い息を切らし走っていく。



4 両方



商店街を走った。演習場や火影邸の周辺を走った。私はもはや家を出た時の熱を手放しつつあった。だってこんなにも見つからないのは、どういうことなの。テンゾウ、出てきて、テンゾウ。
どうしたんですか、姉さん。背中からテンゾウの声がした。私は全速力で走った代償にひどい息切れと耳なりがあった。だから気のせいだと思って、テンゾウ、と言った。なんですか、姉さん。振り返ると、テンゾウが当たり前のように突っ立っていた。その声を私は、遙か昔からとんと聞いていないような気がしたし、つい昨日、聞いた気もした。実際には、1ヶ月ほどの彼の不在だった。テンゾウは真面目そうな目を少し窪ませて、そこにいた。
「テンゾウなの」
「そりゃそうだよ」
「なにをしてるの」
「カカシ先輩のお見舞いに」
「行くの」
「いえ、もう行きました」
丁寧語と砕けた言葉が不規則に混じり合っているのが、嬉しかった。変わらないテンゾウがいる。私の知っているテンゾウ。
これからどうするの。夕飯をつくります。私が話したかった内容ではなかったが、驚いた。まだ3時だよ。はい、でも、腹が減ってしまって。苦笑いをしたテンゾウに一歩二歩と近付いて私は右手を挙げた。頭を撫でてやりたかった。命を持って帰って来たことを、褒めてやりたかった。堅めの黒髪をぐりぐりとかき回す。テンゾウは、やめてくださいよ、といつかのように言った。唇を歪めて、今度は私よりも高い場所にある頭を少し下げるようにして。
私たちは並んで歩き出した。足取りはやや軽い。どこにも向かっていない。私たちは一緒にいるために歩いていた。
「カカシ先輩は元気だったの」
うん、とも、んーともつかない返事があった。姉さん病室に押し掛けたんですって。お見舞いでしょ、人聞きの悪い。はいはい。誰のせいだと思ってんだ、と言おうかと思ったが、やめた。
「でも寂しそうでしたよ、みんな先輩の入院には慣れてしまって見舞いもあまり行かないそうですから」
「そんなに頻繁なの」
「暁のことで里の情勢も悪化しているし、先輩もそういう風にご自分を追い込まないと、なかなかね」
彼の場合はそうでなくてもご自分の物ではない特別な武器を備えていますし。テンゾウがその後何かを続けたそうに息を溜めたが、結局言葉は続かなかった。そうね、と私はひとつ言った。そこで会話が途切れた。私は夕日が染め始めた里の空を見ていた。少しだけひんやりとした風が流れた、気持ちのいい肌の感じがした。ふと、私の肩にテンゾウの腕がかすめた。その一瞬が、私をものすごい力で女に引き戻した。瞬きをするような細かな電流が体中を走り回り、目が潤み、鼓動が揺れた。そしてあの日触れ合った唇が、ありありと蘇る。夜の月を背負ったテンゾウの、私の瞳に突き刺さる眼差しも。どうしてあのとき、なにも言わないでキスなんかして、そしてどうしてキャベツと置き手紙なんかしたの、置き手紙は読んだけど、意味がよくわからなかったよ。一息で言ってしまえばいいことだったのかもしれない。私は怖がっていたのだ。テンゾウが傍にいなくなるのを。
「姉さん、夕飯は」
「なにも」
「じゃあ一緒に食べましょうか、ボクが作りますよ」
「今日はなににするの」
「二人だから、鍋にでもしましょうかね。丁度酒もあります。あ、任務は」
「ないわ、なにも」
私たちはそのままテンゾウの家に向かった。姉さんキャベツ。テンゾウが言った。私の右手にはキャベツの入った紙袋がしっかり握られていた。貼り付いたみたいに自然で気がつかなかった。それも鍋に入れましょう。うん、そうだね、テンゾウの料理おいしいもんね。何味にしましょうね。何味にしようかね。時々私よりも肩が前に出るテンゾウを斜め下から見上げて、何度も目を反らした。そして、懲りずに何度もそうした。姿勢の良い真っ直ぐな背中が、触れたいほどいとおしかった。






20130322
(20130405編集)
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