里に帰ったとき彼は既に、正規部隊に配属されていた。わたしたちの先輩の代理で、名をヤマトと与えられたことを聞いた。あの人の代打が彼とは、また随分贅沢な抜擢をしたものだ。最後に会ったのは、丁度私が任務のために里を出た夜。あの時の彼の顔、猫面の下から覗く彼のなんとも言えない表情を今でもありありと覚えている。どうしてあの時なにも言わなかったの。どうして私を待っていたの。どうしてキスしたの。彼は今、どこにいるだろうか。汗ばんだ額を拭ってそのまま唇に触れた。乾燥していた。じめじめと粘ついた空気には似合わない。


1 あのひと



「久しぶり、元気だった」
病室に入ると、カカシ先輩が白々しく私を迎え入れた。私はそれに返事をしない。負けず劣らず白々しく暑いですねえなんて言いながらベッド横の丸椅子を引き寄せて座った。暑くないよもう秋だよ。カカシ先輩は年がら年中暑苦しいマスク姿だから感覚神経が麻痺しているのかもしれないですね、かわいそうに。なにをそんなに怒ってるのかねえ。先輩の溜め息でひとまず黙る。外は夕暮れ。もう暮れたと言ってもいいか。よくわからない。夏を引っ張ったような秋の始まりは相変わらずだ。彼は今頃火影邸を出た頃か、と目を瞑る。蝉とコオロギが、掛け合うように鳴いている。
「聞いたんだな、テンゾウのこと」
目を開けて先輩を見ると、先輩は私を見てはいなかった。まだその本読んでるんですか、しかもそれ何年か前に発売されたやつですよね。ううん、これは去年のやつ。へえ。
「聞いたも何も、任務から帰ったらあの人どこにもいないんですから。そっちに完全に異動になったんですね」
「ああ、ちょうど任務に出たところだろうね。まあ正規部隊への異動が完全にかどうかは五代目の判断だけど」
「あの人も、あなたもそうです。正規部隊に移るとなっても私になにも言ってくれなかった」
「…死ぬ訳じゃないからな」
「当たり前です。これから死ぬだなんて誰が言いますか」
「……手厳しいねえ、相変わらず」
テンゾウとおんなじだ。カカシ先輩がゆっくりと噛みしめた言葉が病室に残る。
姉さん。あの人が私を呼ぶ。私は今、それが耳元に戻ってくることを祈る。どうか無事で。死ぬんじゃないよ。今夜また、新しい任務が入る。私は薄暗くなった里を眺めて、病室を後にした。







20130312
(20130402編集)

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