タバコノケムリガメニシミル。本やなにか、どこかから借りてきたような馴染まない言い方でヨリコは言った。だったら喫煙室出て行けばいいだろ。するとヨリコ はまたも呟く。キミは尤もなことを尤もらしく言ってくれるね。なんだかおかしいが放っておく。オフィスの片隅にある喫煙室は、ガラス張りの檻だ。ブラインドが掛けられてはいるものの肩身が狭いのはいずれにしろ仕方のないことだった。
「奈良さん、調子悪いのね」
ヨリコが喫煙室の隅で言う。なんで、と訊くと、なんとなく、と返ってきた。あっそ、と返すと、うん、と言う。
昨日から仕事がスムーズでないのは確かだった。新商品の開発に一向に光が見えない。うんざりしていた。デスクの一番下の引き出しの奥にしまって置いた湿気た煙草は、まずかった。 ヨリコが黙ってこっちを見ている。なんだよ。煙草なんか吸って、服臭くなっちゃうよ。いーだろ別に、自分じゃ気になんねえし。よくないよ。ふいっとこっちに背を向けてしまった。白いブラウスの襟と、ひとつに結った髪の襟足の間、細い首が見える。健康的な曲線が憎い。オフィスを見ると、人も疎らだった。オレはブラインドから下がるプラスチックの棒に手を伸ばして、くるりと回した。オフィス側の視線は遮断され、喫煙室が外からの光に支配される。オレは足音を立てないよう注意して、 ヨリコの背、やや右後ろに立つ。睫毛が見える。これも憎い。
「ヨリコ」
振り向いた ヨリコが 、目を丸くする。突然近付いたから、驚いている。唇を見つめて顔を傾けると、くっと首を竦めた。
「…なに、ダメすか」
「だって、煙草」
「煙草と関係ねえだろ」
「あるよ」
「ねえよ」
「ある」
「ない」
「奈良さんの匂いじゃなくなる」
「してみなきゃわからん」
「…ばーか」
体を半分こっちに向けて ヨリコがオレの目を見たのを合図に、キスをした。オレが傾けた唇とヨリコの唇との角度のズレがどうも扇情的で参ったが、手に持ったままヨリコから遠ざけた煙草がどこかに触れないようにということだけは、頭から出ていなかったから良かった。唇を離すと、 ヨリコは目を逸らした。いつもそうだった。キスの後、目を見られない奴だった。
「どうすか、 ヨリコさん、奈良さんの匂いしましたかねえ」
「………」
「煙草とキスの間に相関は見られない、てことだな」
赤いスプレー缶を吹きかけたみたいに赤くなったヨリコは、バカ、とひとつ言って喫煙室を出て行った。オレは煙草を一口吸って、ゆっくりともみ消す。ブラインドを元に戻して、オフィスに出た。




20130403



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